桜も雪も乗り越えて

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 花が咲く時期ではないのに花を咲かせているその様子を『狂い咲き』と言う人がいる。  僕は、その表現を好きにはなれそうにない。  頑張って花を咲かせたのに冷たい雪を積もらせている桜。  冷たい風に吹かれて花を散らせてしまう桜。  その様子が、狂っているように映るとでも言うのだろうか?  彼女と道を歩いていた時に、偶然にも遭遇してしまって……他の木より早く花を咲かせた桜の花を見て『狂い咲き』と言っている誰かの声が聞こえてきて、気持ちが沈んでしまったことを覚えている。 「桜は、寒い日が続いてあたたかくなると花を咲かせるの。花を咲かせる条件が整ったから花を咲かせているだけ。それを『狂い咲き』なんて表現するのはね、人間の傲慢な考え方なのよ」  眉を八の字に下げてそう告げ、僕の頬に手を添えた彼女は、心配そうに僕を見つめていた。 「だからね、あなたがそんなふうに心を痛める必要なんてないわ」  言葉には出せなかった僕のもやもやに気づいてくれたキミも、僕と同じような思いを抱いていたと知って、気遣ってくれたその心も含め嬉しかったんだ。 「はい、ありがとうございます。そうですよね。花は、咲きたい時に咲くものですから、いつ花を開かせようとも、それが自然なんですよね」  人間が傲慢な生き物だということは、前世の僕も嫌というほど記憶していたというのに……彼女の優しさに、また救われたみたいだな。
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