1. 筆頭魔術師にまつわる噂

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ

1. 筆頭魔術師にまつわる噂

「筆頭魔術師ギルベルト・エッフェンベルクが《死の呪い》にかかっているらしい」  遠征の仕事が終わり、1か月ぶりに魔術塔に帰ってきた私は、そんな噂を聞いて愕然とした。  ギルベルトは、国内最高峰の魔術師が集まる魔術塔において、弱冠二十歳で "筆頭魔術師" として認められた天才だ。  魔術塔に入る前のアカデミー時代も、他の追随を許さない実力で生徒たちの頂点に立ち続け、そのまま首席で卒業した。 (そんな正真正銘の天才魔術師であるギルベルトが、《死の呪い》にかかっているですって……?)  アカデミーでは同期として彼を一方的にライバル視していた私は、あまりにも信じがたい話に眉をひそめた。  彼に解けない呪いがあるなど考えられない。    しかしギルベルトは、二週間前に地下倉庫から見つかった「死の呪い」と記された呪具を調べると言った後、部屋にこもったまま姿を現さなくなってしまったという。 (私が遠征に出かけている間にそんなことが起こっていたなんて……)  ギルベルトの部屋がある塔の最上階を見上げながら、思わず溜息が漏れる。  すると、ふいに肩に手を置かれ、私は驚いて振り返った。 「──なんだ、エーリヒだったのね」 「遠征お疲れ様、アウレリア」  そこにいたのは、アカデミー時代の同期エーリヒだった。 「溜息なんか吐いて、どうしたんだい?」  当時から面倒見のいい彼は、珍しく黄昏れた様子の私を見かけて声をかけてくれたらしい。  せっかくなので、ギルベルトの呪いについて彼に聞いてみることにした。 「さっき、《死の呪い》の噂を聞いたのよ」 「ああ、ギルベルトがかかったっていう呪い?」 「そう。あなたは何か知ってる? ギルベルトは大丈夫なの? タイムリミットはあるのかしら?」  勢い込んで尋ねると、エーリヒは「そうだなぁ……」と顎に手を添えながら答えてくれた。 「僕もギルベルトが心配で何度も話を聞きに行ったんだけど、一言も会話してくれないから呪いのことは全然分からないんだ。でも、あのギルベルトが二週間経っても解呪できないってことは、相当に難解で複雑な呪いなんだろうね」 「……そうね。もしくは、解呪の条件が厳しすぎるとか」 「たしかに、それもあり得るね」  エーリヒがうんうんと(うなず)く。 「そうだ、アウレリアは明日忙しい?」 「ううん。遠征明けで一週間の休暇をもらってるから暇よ」 「じゃあさ、明日一緒にギルベルトのところに行ってみようよ。僕じゃなくてアウレリアだったら、ギルベルトも話してくれるかもしれない」  エーリヒがにっこり笑って提案する。 「わ、私なんかに話してくれるかしら……」 「何言ってるの。アカデミー時代から、君はギルベルトの唯一の話し相手みたいなものだったじゃない」 「それは、私が一方的に突っかかっていくのを相手してくれていただけで……」  そうだ。  いつもギルベルトに及ばず、万年2位という屈辱を味わわされていた私は、いつか彼に勝ちたくて死に物狂いで努力していた。  ある時は彼の魔術の技を盗もうと陰から観察し、ある時は彼を待ち伏せて「次こそ勝つ」と宣言し、またある時は素直に指導をお願いして……。  初めは面食らっていた様子のギルベルトだったが、次第に苦笑を浮かべながらも私に教えてくれるようになった。  いつもギルベルトの背中を追いかけ、彼の姿を見つめ続けるうちに、気づけば私は恋に落ちていた。  誰よりも優れた天賦の才を持ちながら、誰よりも努力を惜しまないギルベルト。  そんな彼を知って、好きにならないわけがなかった。 「……明日、一緒にギルベルトのところに行くわ」 「うん! ありがとう、アウレリア」  明日の待ち合わせを約束すると、エーリヒは自分の塔へ戻っていった。  手を振って見送った後、私はこぶしをギュッと握りしめて決意を固める。 (ギルベルトが死んでしまうなんて絶対嫌よ。私が必ず助けてみせる)  私だってアカデミーでは次席で卒業し、この魔術塔でも一目置かれている存在。きっと彼の役に立てるはずだ。  ──と、ふいにどこかから視線を向けられているような気配を感じた。 (……? 何かしら。誰もいないみたいだけど)  エーリヒが去った後、この裏庭には私ひとりきりだ。   (遠征明けで疲れてるのかもしれないわね。早く部屋に帰って休みましょう)  私はギルベルトの無事を祈りながら、裏庭を後にした。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!