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 こんな時間帯に制服姿。訳ありだという事は一目で分かる。面倒な事に巻き込まれたくはないが、声を掛けられた時点で逃げられない。それに、そもそも既に渦中だ。 「よし、恋バナしよっ」  少女は欄干を背にして座り、こちらを見上げながら自分の隣を手で示す。深いため息を吐いた後、仕方なく指定された場所に腰を下ろした。コンクリートは深夜の空気に晒されて、少し熱気を帯びていた身体を冷ましていく。 「ねえねえ、聞いて、聞いて。あのね、わたし、この世界に同じものは2つないと思うんだ」  親友にでも話し掛ける様な口調で、でも、確かに自分に向けて一方的に話し始める。 「学校で教わる算数の教科書には、1イコール1―――なんて、載ってるけど、それは、数字というファンタジーの中だけで通用する屁理屈でしかないよね。だって、1なんて存在は、教科書というファンタジーワールドにしか存在していないんだから。海にも山にも、宇宙のどこを探したって、1なんて存在は見付からない。1が歩いていたとか、1が2と結婚して子供が生まれたって、子供に3とういう名前を付けたんだって、そんな話し聞いたことがないもん」  少女の面倒臭い言い回しを理解しようとして、少しずつ頭が回転を始める。それと同時に、考えない様にしていた記憶が鮮明に蘇る。  どうでもいい内容のはずなのに、なぜか反論せずにはいられなかった。 「1と1が等しい事は常識だろう。1グラムは常に1グラムだし、1センチは常に1センチだ」  少女は表情を変えることもなく、売られた言葉を言い値で買い取る。 「じゃあさ、天秤に自転車1台と大型ダンプカー1台乗せたら釣り合うの?  1グラムと表記されたオモリは全て本当に釣り合うの?  分子レベルで、ナノ単位で等しいの?  釣り合うはずがないよ。まったく同じものなんか存在しないんだから」 「そ、そんなの、屁理屈だろ。そもそも、恋バナじゃなかったのか!?」 「もう! だからね、相手を思う気持ちは絶対に釣り合わないって言いたいの。いつだって、どんな2人だって、今も未来も、あの人もこの人も、今も未来も、アンバランスなんだよ。同じくらい好きだなんて有り得ないし、分かったような気になっていても理解できない。いつだって、天秤はどちらかに傾いていて、どちらかが下から見上げてるんだ」  いきなり等式が恋愛論に転換され、思考が混乱する。その霧の中、なぜかあの日の光景を鮮明に思い出した。 『―――今日から恋人同士だね」 『おう。これからはずっと一緒だ。浮気すんなよ!』 『ふふ、大丈夫よ。だって、私の方が好きなんだから』 『そんなことないよ、オレの方がもっと好きだ』 『本当にそうだったら良かったんだけどな―――』
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