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少女は立ち上がると、後ろ手を組んで背を向けた。そして、片足をブラブラさせながら、アスファルトに視線を落とす。
「わたしも、そうだった。
ダイエットをしてる人が”やせたい”と言いながらスイーツを頬張る様に。これ以上好きになっちゃいけないって思いながら、どんどん思いが積み重なっていく。好きになった方が負け、なんて言うけど、ホントだよ。恋は盲目、なんて言うけど、なーんにも見えない、ホントにさ」
少女はクルリと振り返り、少しも表情を変えず口元にだけ笑みを作る。
「わたしには、人魚姫の気持ちが痛いほど分かる。
ぶっちぎりメンヘラの人魚姫は、たまたま助けた王子様に恋をして、勝手に結ばれる運命だと信じて。人魚姫に自分の声と引き換えに、魔女にチャンスをもらう。”王子様と結ばれなきゃ死ぬよ”、ってオレオレ詐欺も真っ青の約束をして。人魚姫は一方的な超重い思いを抱えて、スキップで王子に会いに行く。でもさ、普通に考えて、見ず知らずの女の子に王子様がプロポーズするはずがないよね。”他の姫と結婚する王子様を殺せ”、ってナイフを渡されるけど、王子様を刺す事はせず泡になって消える。
人魚姫の気持ちは分かる。だけど、わたしは人魚姫にはならなかった」
少女が着る制服の胸に、ジワジワと黒い染みが広がっていく。
「彼氏は自分勝手だったから、わたしの思いはほとんど伝わらなかったんだ。聞いていなかったり、聞こえないふりをしたり、分かろうとすることさえなかったの。でもね、ひとつだけ、彼氏には分かっていたことがあった。
それは、わたしから逃げられないということ。
いつまでも、どこに行っても、離れることはできないと。
だから、彼氏は刺した。
人魚姫とは違って、わたしを刺したんだ。
でもね、恨みなんて、これっぽっちもない。
だって―――――
胸に刺さったナイフを見て、笑っちゃったもん。
人生で一番の、最高の笑顔だったと思うよ。
彼氏にとって、わたしは永遠になったんだから。
もう、わたしを忘れることなんかできない。
毎朝、目が覚めたら思い出す。
刺さなきゃ良かったのにね。
ここに埋めなきゃ良かったのにね。
わたしが見付かるまで、彼氏はわたしを忘れない
わたしは、あの人の一部になったんだよ」
ベランダに出た彼女は、まだ部屋の中いたオレを見て笑った。
見慣れたオレさえも見惚れる様な笑顔だった。
その意味が、やっと分かったよ。
オレの目の前で、彼女は暗闇に溶けていった。
気が付くと、街灯に照らされた橋の上に立っていた。当然、周囲には誰もいない。耳鳴りの様な静寂の中、再び街の灯りを目指して歩き始める。短い橋を渡り終え、振り向かないままで呟く。
「絶対にナイショ、か」
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