きみとぼくの歪んだ初恋

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宮村ゆうは夢を見る。 田舎にある校舎が少し新しいことが自慢の母校。 誰もいない放課後の図書館。 彼の特等席となった純文学の書棚。 静かに本を読む彼の端正な顔立ちから目を離せない。 『ゆう、おいで』 目が合うと甘い欲を孕んだ声色が耳の中に蘇って身体の芯がぐらぐらと揺らぐのを感じる。 「せんぱい……っ」 彼に慣らされた身体がじくりと熱を生む。 今日は中に何も入れられていない。 そんな日常となった異常を思い出しそれだけで体内が切なくなるのを感じる。 彼は微笑んだまま本を閉ざしてゆうを待っている。 それだけのことがとても嬉しくてかさついた劣情を抱えながら ゆうはふらふら彼へと辿りつく。 目が覚めるとゆうは九条と抱き合っていた。 高校を卒業してすぐ九条家に囲われたゆうは すっかり恋人の妾としての生活に順応していた。 名家の九条の跡取りのために契約結婚をした彼は 跡取りを残すためだけに妻を抱きながら 自分も抱く、その歪んだ関係に嫉妬をしないかといえばするに決まっているが 彼を独占できる時間が長いのは自分ということに 優越を覚えるのは確かだった。 『そういえば昨日はこうして抱き合ったまま眠ったんだっけ』 三月の陽気とて早朝には跡形もなくまだまだ朝は冷える。 剥き出しになった肩を抱く暖かな腕に絡まりながら ゆうはまどろみぴったりと身を寄せる。 しっかりと男の骨組みを持った九条の背中は 少しだけ華奢でどこか細やかさを感じた。 規則正しい呼吸が傍で聞こえる。 整った顔立ちは甘やかで繊細さが浮かび上がる。 きっとこの人の顔は女受けするだろう。 ふと彼と契る女の顔を思い出す。 長い黒髪、大きな瞳と強気な目元。 幸せに微笑みが刻まれる口元。 あの日窓なんて開けるんじゃなかった。 窓越しに見た彼女はこちらを見て笑った。 その瞬間、嫉妬の感情が膨れ上がりすぐに窓を閉め切ってしまったのは 今日から三日も前の話だ。 結局、九条には何も言えずその夜はひどく甘えた。 『きっと言ったら先輩怒るんだろうな』 そう考えながらそっと九条の唇を指先で撫でてゆうは目を伏せる。 九条はゆうが人の目に触れることをひどく嫌う。 きっと家人――それも自分の妻と顔を合わせたと知れば 九条は酷くゆうを責め立てるだろう。 『怒られるのは嫌だ。嫌われるのはもっと……  俺は先輩のこともっと好きなのにまだ足りないかな……』 いつだってこの人の全てが欲しいと思う。 九条は強請ればゆうの欲しい言葉をくれる。 しかし、時折彼は気まぐれにゆうを試すことがあった。 どれほど嫌だといっても言葉遊びを続けて泣くまで焦らすこともある。 気を失うほど手酷く抱いたかと思えば弱々しく抱擁をせがむこともある。 そんな九条の身勝手ともいえる脆さがゆうはとても好きだった。 いつだって諦めよく見守るだけだった優等生然とした彼が 自分にだけ剥き出しの感情をぶつけて振り回す。 その優越感たるや言葉にするのも惜しいほどだ。 特に行為の最中に首輪に手をかけ絞められると 彼の醜いまでの執着を感じて堪らなくなって乱れた。 昨日の感触を思い出してゆうは少しだけ身体を熱くする。 地主の九条家は今でも根強い支持があり、 本家を束ねる年配の彼らに九条貴斗は養子として迎えられていた。 頼りない養子だった彼はもうどこにもおらず、 今では本家筋の嫡子としての地位を確立している。 無理もない。 周囲の要望に応え、本家の人間として責務を果たす彼は もはやお飾りの養子ではなく 九条の長子としての絶対的な信用を勝ち得たのだ。 そんな絶対的な権力を持つ九条の家長となった彼に逆らう者は誰もいない。 結局ゆうの両親はゆうが自身で望んだと答えた日から何も言わなかった。 本当にいいのか、と父に聞かれゆうはゆっくりと頷いた。 父は残念そうな顔をしていたと思う。 母は諦めたようなそれでいて何か言いたげな顔をしていたような気がする。 しかし二人とも何も言わなかった。 だから自然とぎくしゃくして、 ろくな会話もせずに今日まで来てしまった気がする。 「変なところで考え方がみんな古いよねぇ」 九条家の離れで住むように言い渡されたゆうは 早速やってきた九条の相手をしていた。 九条はお茶を飲みながらのんびりとして笑う。 日本家屋をリフォームしたらしい離れは部屋数は多くないが 決して狭いとは言えない広さだった。 窓が極端に少ないこと以外不便なところは一つもないと言ってもいいだろう。 台所も、風呂まであるのだから きっとここからゆうが出る必要はどこにもないのだと思い知る。 渡された着物も着つけられずに戸惑っているゆうは 所在なさげに畳に視線を落としていた。 そんなゆうの着物の袷を直そうと使い込まれているが 造りの良い座敷机に九条が湯呑を置く。 「君は唯一のわがままなんだ」 もう離さない、きちんと着物を直し終えるとゆうを抱きしめる。 ただ、彼の左手に冷たく光る証を咎めるゆうの瞳からは涙がこぼれた。 「でも、アンタは他の人を抱くんでしょ」 「そうだね」 どす黒い嫉妬が胸から溢れ涙になってこぼれる。 この綺麗な人を誰にも渡したくない、そんな気持ちが強く体を強張らせる。 愛した人に肯定される現実があまりに辛かった。 「俺じゃなくて女を抱くんだ」 「うん。嫉妬した?」 ゆうが頷くと九条が笑う。 零れ落ちる雫を拭う手はゆっくりと優しく両頬を包んだ。 見つめ合うと黒い瞳が穏やかな色をたたえてゆうをその中心に閉じ込める。 「ゆうは嫉妬しても泣くんだね」 気持ちいときだけじゃないんだ、とからかうように九条にキスをされる。 止まることなくぽろぽろ流れる雫を唇で掬われてたまらず 身じろぐとそのまま押し倒された。 畳の香りと九条の体温に包まれぼうっとした頭で にじんだ視界いっぱいに広がる恋人を見上げるゆうは喉を震わせる。 「俺は恋人にしかなれない」 「そうだね」 「結婚できない」 「うん」 「子供も産めない」 「だってゆうは男の子だもん」 「……だから先輩は好きでもない女と結婚したの?」 彼の返答一つ一つにひどく傷付いて自分が弱くなっていくのを感じる。 目の端から顔を伝い落ちていく 雫を拭われると九条がひどく嬉しそうな顔をして笑っていた。 「家を継いで、跡継ぎができたら僕の義務はおしまいなんだ。自由になれる」 「……義務」 「全部終わったら彼女と別れてもいいよ」 「……」 「信じられない?」 何か言いたげに瞳を揺らすゆうの髪を九条が撫でる。 その手にゆうが懐けば九条は愛おしむように頬を、喉を、 そしてゆうの首に嵌められた首輪を撫でた。 それだけでゆうは自分が九条でいっぱいに満たされたような気持ちになる。 ゆうは自分からキスをしておずおずと口を開いた。 「全部終わったら奥さんと別れてって言ったら別れてくれる?」 「いいよ」 「約束、したからね」 「うん」 「……全部終わるまでは俺は愛人でいい」 薄く涙の幕が張ったゆうの瞳に映った九条は いつもみたく穏やかな顔で「いい子」と彼を誉めた。 九条がゆうにお願いしたことはたった一つだった。 『ここから出ないで』 ゆうはもちろんと頷き、言いつけを守った。 九条のお下がりだという着物を手ずから彼に着せてもらえるのは いつだって嬉しかったし、独りになってもたくさんの本があった。 ページにこなれた後を見つける度、 九条の読んだ痕跡を肌で感じて言いようのない喜びに包まれる。 ここへ来てからゆうは一度も靴を履いていない。 身に着けているのは彼のお下がりの着物と 彼の所有物である証である首輪だけだ。 「ねぇ、ゆう」 「っはい」 訪れた九条に甘えたくて距離を詰めて座っていたが ふいに九条から手を重ねられて鼓動が跳ねる。 重ねられた手と袷に入り込んできた指の冷たさに身体が震える。 「約束、して?」 「ぁ……」 約束、という言葉にどきりどきりと心臓が痛むほどの快感が くるぶしから這い上がる。 言葉とともに教え込まれた快楽が体中に充満するのを感じた。 そしてこれから待ち受けるであろう責苦を想像しながら ゆうはゆっくりと頷いた。 無人の室内。低く響く性玩具のモーター音。 今日は首輪だけでなく、視界を奪われ、 全身を赤い縄で縛られたので全く自由がない。 そんな状態で布団に転がされたゆうは快楽に耐え兼ねて 髪をぱさぱさと揺らしていた。 中が熱い。全身がめちゃくちゃに刺激を吸い上げ何もかもが高められて 敏感になる。真っ暗な視界の中、身をよじってシーツを掻く。 その際うっかり足を突っ張ってしまいゆうは きつく締められた身体の痛みに喘いだ。 そしてぎゅっと奥まった場所に確かめてしまった玩具の感触。 それがあまりに過敏に感じる場所にずれ込み思わず 居ない筈の九条を甲高く呼んだ。 「せんぱ、せんぱいっ……あぁッ!」 時折九条はゆうに「約束」を強いる。 独りで寂しくないように、自分を決して忘れないように 「約束」して待っていてほしい、と。 そう言って全身を縛り付け、玩具を体内に埋められ、 柔らかな布団の上に転がされる。 ゆうは一度も抵抗しなかった。 その執着が嬉しいとすら思い、無機質な振動で高められる性感も良しとした。 例え待ち望み迎えた彼が「淫乱」と罵ろうとも とろりと蕩けた緑の瞳を情欲に染めて彼を誘った。 「ぁ、ぁ……ッ、ぅ」 今日もまた啼きすぎて掠れがちな声帯を震わせる。 身じろぎによって埋められた振動が 前立腺を撫ぜればたまらず甲高い声が上がる。 ぐずぐずに熱で溶けた思考はまともに働かない。 九条に着つけてもらった藍の着物も肩に引っかかるだけ。 むしろ微かに擦れるだけで性感へと直結した。 自由がほとんどない体を捩ると ごりごりと抉るように感じる部分を玩具に弄ばれ身震いする。 何度、精を吐き出したかなどもう分からない。 ドライで絶頂すると持て余した熱が 吐き出す場所を探すように体中を暴れまわった。 「ゆるして、ぇっ……も、むり、っ、むりぃ……ッ」 しゃくりを上げて泣いても無人の離れに虚しく響くだけ。 分かっていても声を上げずには居られなくて 布団に額を擦りつけながらいやいやとむずがって泣き喚いた。 玩具の振動音が低く部屋に響く。 痺れるような快楽に犯されて迎える何度目かの絶頂に 内股をびりびりと震わせる。 「はぁ、あっ、あぁぅ、っあ、あっ」 不規則に吐き出すしかない荒い呼吸。 大きく開かれた両足と立ち上がり震える中心。 そして埋まった性玩具。 目隠しで見えないからこそ羞恥が増す。 「はや、くっ、ぬいてよぉ……っ」 今度はどんなに体をよじっても玩具は良いところに当たらず もどかしくゆうを責めたてる。 ここに来てから随分と切っていない髪が肩から零れて 色素の薄い髪が布団に散らばった。 腕が自由になっていれば今すぐにでも玩具を無心に動かして 絶頂していたことだろう。 学生時代、九条に散々教え込まれた身体は 普通の自慰では満足できなくなっていた。 初めてドライで絶頂した時、九条はゆうの制止も聞かずに腰を打ち付け ゆうは連続で絶頂させられた。 感じているという感覚が遠くなり 頭も身体も何もかもの輪郭を失ったような心地だったのを覚えている。 『ゆう、動くたびに中震えてるよ。とろとろになった顔、女の子みたい。  かわいいね』 九条が嬉しそうに笑って無邪気にゆうを追い詰める。 あの時の感覚を思い出しゆうはまた絶頂する。 「やだ、やっ、やぁ……イきたくなっ、いやぁっ。ああっ。あっ、ぁあっ」 嫌だと思うのに身体が言うことを聞かない。 熱でどろついた脳内に九条の柔らかな声が反響する。 『ゆうは後ろだけでイかされるの大好きだもんね。腰揺れてる』 そう言って九条はいつだって優しくゆうに触れる。 激しい挿入とは全く違う刺激にゆうはそれだけでトんでしまう。 もっともっととねだると気まぐれに腰の動きを止められて 挿れられたままで抱きしめられたりもする。 『ねぇ、自分で動いてよ』 ぎっちりと奥まで欲を埋め込んだ状態で九条が囁く。 ただでさえ弱い耳を九条の低い声でくすぐられると堪らず涙が溢れる。 『気持ち良くて泣いちゃったね、ゆう』 こうなると九条は決して動いてはくれない。 分かっているのにゆうは強請るのをやめられない。 必死に媚び、懇願し、九条の機嫌を窺うように身体を差し出す。 「せんぱい、はやくっ、はやく動いてよぉ……っ」 脳内に反響する九条の声に堪らず腰を揺らめかせる。 するとこつりと硬い玩具の感触がゆうの性感帯を刺激した。 「ひぅっ……ぁ、そこぉ、そこっ、いいよぉ……あああッ!」 ぱたぱたと精を零して脱力する。 とろとろと細く吐き出された精液は内股を濡らすがまだ足りない。 ぐったりと身体は重いのに熱だけがくすぶって全身が九条を求めていた。 ぐちゃぐちゃといやらしい音が暗闇に響く。 縄の這い回っていた身体は家主の帰還とともに自由を取り戻し、 ゆうは両手で足を抱えたままで九条に向かい合っていた。 「あ、あっ、やら……やらぁ……っ」 指で熟れた内壁を探られれば気持ち良さから涙がこぼれる。 ぱさぱさと髪を揺らして頭を振れば九条が ねっとりと唇に舌を這わせながら指の動きを更に緩慢にした。 大好きな形のいい指先の感触にひくりひくりと喉が鳴る。 「ゆうの中、散々解したのにまだ僕の指おいしそうに食べてるね。  玩具抜いたから二本じゃ物足りないかな?」 「やぁ、ゆびぬかないでっ……、おねがっ、ちゃんと、イかせて……っ」 「でももうえっちなことは嫌だって泣いてたじゃない。  今日はこのまま寝てもいいよ。一緒に寝ようか?」 「ちがっ、やだ、やだぁっ」 やめないで、と泣きながら哀願すると指が三本に増やされ 一気に根元まで埋められる。 「ひぅっ……ッ、あぁっ!」 「これでいい?」 ばらばらに動かされると全身から力が抜けて抱えていた足を離してしまう。 するとお仕置きとばかりに痛いほどの強さで前立腺を嬲られ 甲高い悲鳴を上げる羽目になる。 「ぁ、ああっ、ぁっぅ、あっ……っ」 「ねぇ、ゆう」 ゆうが絶頂しているにも関わらず、 九条はのんびりとした声色で指を引き抜きぺちぺちと頬を叩く。 それだけでは反応がないと分かると目隠しも外す、 急に明るくなった視界にゆうは眩しそうに目を細めた。 「……ぅ、ぁ」 「ねぇ、ゆう。イったばっかりって敏感だよね。ここにさ」 ひたと先ほどまで散々弄られていたそこへ九条の兆した肉棒を当てられ、 ゆうは怯えたように九条を見る。 「これ挿れたらどうなるかな?」 「やっ、待っ……だめ、だめぇっ!」 「頂戴って言ったり、ダメって言ったりゆうは忙しいね」 わがままはダメ、という声とともに中を押し広げて入ってくる熱がある。 一気に奥まで入れられた瞬間にゆうは精を吐き出した。 「イって、る……イくの止まんなっ、だめっ、せんぱ、いっ。  あっ、ああっ、やだぁ、あああっ!」 胸まで濡れるほど飛び散った精液は勢いを失くしながら 今もまだとろとろと零れている。 九条は動くたびにきつく締まるゆうの内壁に夢中で腰を打ち付けた。 「イきたかったんでしょ? よかったね、イけて」 「ちがっ、ちがうぅっ……あっ、ああっ、はぁっ、だめ、だめだめだめぇっ」 嫌だ嫌だと言いながらゆうは九条にしがみつく。 時間をかけて蕩けさせた甲斐があった。こうなるとゆうは声を抑えられない。 いつもは押し殺す艶やかな濡れた声が噛み殺されずに 余すことなく九条の耳を震わせる。 「せんぱ、せんぱい、深いよぉっ」 「うん、ゆう深いの好きでしょ?」 「んっ、すき、すきぃっ」 ぴったりと寄り添うとゆうが自ら腰を揺らす。 欲しがっている態度を隠さずキスをねだる。 その瞳はとろとろと熱に犯され九条以外を見ていない。 気をよくした九条が触れるか触れないかの距離で 剥かれた肌を撫でられれば喉がひくりと引きつる。 散々焦らされたせいで赤く色づいた胸を爪で押され、ゆうは甲高く喘いだ。 「っひぁっ、あぅ、ッあああああ!」 「ゆう、いっぱい感じるようになったね。  胸も、中も、あと耳と腰撫でられるのも好きだよね。  あと、首輪ごと締められるの」 「ひぅっ?!」 的確にゆうの性感に触れる九条の手に成す術もなく犯されていく。 触れられるたびにびくびくと締め付けるゆうに 九条は優しくついばむようなキスを繰り返した。 「絶対僕から離れないでね。外の世界なんて見なくていい。  僕だけのゆうでいて?」 「は、い」 「よかった」 ゆうが応えれば九条はいつも泣きそうな顔で笑うから。 いつだってゆうはどうしようもなく胸を締め付けられる。 目が覚めると湯に揺蕩っていた。 ぐったりと動けない身体を寄せている相手の腕に頬を寄せると よしよしと髪を撫でられる。 濡れた髪の感触が少しだけ煩わしかったが 九条の体温の前ではどうでもよくなる。 「中、掻き出すから足開ける?」 こくんと頷いて言われたとおり足を開くと指が内側へ入り込み、 先ほどまでの交情の残滓を掻き出していく。 僅かな刺激にも必要以上に感じてしまう自分が恨めしい。 そしてなんだか先ほどまでの九条との時間を失っているような心地がして 急に悲しくなった。 「っ……うぅっ」 「ゆう、どうしたの?」 「また、なか出して。玩具もいれていい。ひどくしていいから抱いて?」 「ちょっとどうしたの急に」 ぽろぽろ泣きながらねだると驚いた様子で 九条がゆうの両肩を掴んで瞳をうかがう。 それだけのことがものすごく嬉しくてまたゆうは泣いた。 「身体、すぐ元戻るし、慣らさないとぜんぜん、入らないけど。  おれ、先輩のモノでいたい。いさせて」 首輪だけじゃ不安なんだ、と本音を零すと ぽんぽんと背を撫でて九条がゆうを抱く。 「可愛いこと言ってくれるね」 「ん」 肩口に頬を擦り付け甘えればまるで子供みたいだと九条が苦笑する。 唇を優しく指でなぞられ誘われるまま開くと 舌を差し込まれて深く口付けられた。 「……気持ちいい?」 「っはい」 「ねぇ、ゆう。僕のこと名前で呼んで?」 「え?」 「呼んでよ」 「……たかと」 小さく呟いたつもりだったが 風呂場にふわりと思いのほか反響してゆうの顔が熱くなる。 沈黙が怖くておずおずと見上げた先の九条は 頬を染めながらそっとゆうに囁いた。 「それ、君だけね」 「えっ?」 「名前はゆうにしか呼ばせてあげない。  僕の奥さんにも呼ばせない、ゆうだけだよ」 「……っ」 「トクベツで嬉しい?」 「……はいっ」 じわりと広がる黒い優越感に溺れそうになりながらゆうは九条に縋りつく。 鼓動が高鳴り身体にずくずくとした熱が蘇った気がする。 このまま誰からも九条を奪えてしまえたらいいのに、 そんな気持ちが大きく膨らむとなんだか無性に九条が欲しくなった。 長い黒髪を揺らしながら彼女はちらりと離れ見る。 その黒々とした瞳は冷めた様子は食卓に向かい合う夫を見ていた。 「九条さん」 「はい、なんでしょう」 「個人の趣味に口出しする気はないけれど、  恋人を四六時中離れに閉じ込めるのは止したら?」 白米にほうれん草のお浸し、わかめと豆腐の味噌汁と焼き魚。 味付けまでも完璧の朝食を用意した彼女は行儀悪く ぶすりと魚の腹に箸を刺して不快感をあらわにした表情で九条を睨んだ。 「彼も大学行かせてあげたらいいじゃない。頭は良かったんでしょ?」 「望んでないのに勉強させなくったっていいじゃないですか」 「あの子は可哀想ね。面倒な人に愛されて。  私、九条さんと別れたら医大へ行くから」 「あなたは頭がいいからきっと受かるでしょうね」 「えぇ、もちろんよ。  高卒で結婚してこんな田舎で終わるなんて嫌に決まってる。  私、あなたとの子供を作る役目を終えたら都会へ行くわ」 「跡継ぎさえ産んでくれたら援助はします」 「当然でしょう、そういう約束なんだから」 ぶすぶすと魚の腸を抉りだしながら強気に彼女は答える。 この結婚は家から逃げられない者同士結んだ契約と言っても良かった。 女だからと家から切り捨てられた彼女は九条と結婚して家の子供を産む。 代わりに九条は大学への資金を援助する。 愛情は要らない。目的が果たせれば離縁も結構。 双方納得して結婚したことだ。 だから互いに交友にも恋愛にも口を出すことはない。 しかし最近その不可侵を彼女の方から破ってきた。 どうやら彼女は見てしまったらしい。 「九条さんの恋人、とてもきれいな子ね。九条さんには惜しいくらい」 目が合った瞬間死ぬほどきつく睨まれたの、と笑う彼女は恍惚としている。 無邪気を装う彼女の言葉に独占欲を刺激され苛立ちが心の内側に走る。 「嫉妬深くてかわいいでしょう?」 「えぇ、一度ゆっくりお話ししたいくらい」 「絶対させませんけどね」 「あら、残念」 ぐちゃぐちゃになったに興味を失くした様子で彼女は席を立つ。 視線の先にはゆうの居る離れ、きっとあの子は一人で九条を待ちながら 離れの縁側でまどろんでいる頃だろう。 「一途な子の泣き顔ってそそるものがあるわよね」 まるで全てを見ていたような口ぶりでそっと彼女が呟く。 思わず音を立てて食器を置くと彼女はにっこりと笑った。 「今の九条さんとってもかわいいわ。泣きそうな顔してる」 怯えが走るよりも先に向き直った彼女の冷えた手が夫の頬を包む。 「大丈夫よ、盗ったりなんてしないわ。私とあなたは共犯者だもの」 それに、と付け足し彼女はうっそりと笑う。 「嫉妬深い子の恨みを一身に受けられるなんて光栄よ。  悪い女になった気分。退屈しなくていいわ」 華奢な身体、長い黒髪、蠱惑的な大きな瞳。 「しばらくオママゴトにも付き合ってあげる。  あんまり泣かせちゃだめよ? 大事な恋人なんだから」 ゆうが恨むほどに嫉妬する彼女は黒猫のようなしなやかさで すっと九条の傍を離れるとさっさと自分の分の食事を片付けた。 昨日はひどくしたからと今日の九条はとても優しかった。 首輪を柱に繋いだだけでその範囲でなら好きにしていて良いという。 ゆうは迷わず離れに寄って太陽の光を受け日向ぼっこをしていた。 「……あったかい」 太陽の光に当たるのは好きだった。 自分の輪郭が温かさにぼやけるような心地になる。 母親の羊水の中を揺蕩うようなそんな安らいだ気持ちだ。 セックスとは全く違う充足感に包まれる。 「貴斗はやく帰ってこないかな」 まだ馴染まない恋人の名前を口にして微かに頬を染める。 九条は朝食時になると母屋へ戻る。 『夫婦として唯一の体裁だから』 そう言って朝になるとゆうを置いて離れを出ていく。その後は大学だ。 帰宅するまでずっとゆうは暇を持て余す。 九条の真似事で勉強をしたり、読書にいそしむことも嫌いではない。 でも何より退屈を忘れられるのがセックスだった。 九条に与えられた快感はゆうを生かす。 自慰では到底辿りつけない場所を暴かれ犯されることは いつしか恐怖から喜びに変わった。 「ッ……はぁ」 熱い吐息を吐き出して身体を起こす。 九条の帰宅まで我慢できそうになかった。 そろりと足を開いて内側に触れる。 指を一本押し込めるとぐぷりと簡単に中へと埋まってしまった。 「ぅ……あっ」 しかし一本では到底刺激は足りず徐々に指を増やしていく。 三本をばらばらに動かしてようやく満足を覚える。 制御しきれるだけの快楽は物足りないが心地がいい。 「たかと、ぉ……たかと、っ」 舌ったらずに名前を呼べば小さな物音とともに人の気配。 「なぁに?」 「ぇっ……」 驚いて顔を上げれば優しい声とは裏腹に冷めた表情の九条が立っていた。 つかつかと歩みよる九条に驚いてゆうは呆然とした顔で見上げることになる。 「大学は?」 「今日は休むよ」 「えっ」 なんで、と言うより先にゆうは首輪を引かれて無理矢理に口付けられる。 首輪が締まる圧迫感すら興奮を煽るスパイスにしかならないのだから タチが悪い。 「彼女に会ったでしょ?」 あれだけ僕のものでいてって言ったのに、と 底冷えするような冷たい声にゆうの瞳が見開かれる。 嫉妬に燃える九条の瞳はゆうしか見えていない。 ゆうにはそれがひどく嬉しかった。 「……怒った?」 「うん」 「叱って?」 「そのつもり」 硬い板張りの床に押し倒されてゆうは笑う。 肩に強く食い込む指の感触にぞくぞくと快感が這い上がる。 『あぁ、たまには怒られるのもいい』 整然とした九条の予定を狂わせ、乱暴とも言える行為で感情をぶつけられることが何よりも嬉しかった。 今日もまた、歪で、まっすぐな執着に溺れてゆうは貴斗に溶かされていく。
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