それでも愛しています

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 木佐木の家に転がり込んでからとてもよく眠れる。 久宿は木佐木のベッドに潜り込むと抱き着くようにしてその胸に懐いた。 ひとりでは上手く眠れない。 二十歳を過ぎた大学生の男が言うと薄ら寒いものすら感じるだろう。 しかし、木佐木は笑って、部屋に久宿を迎え入れた。 木佐木は久宿を部屋に泊まらせ、自ら迫り久宿に抱かれた。 白く細い自分の方が背が高い美丈夫を抱くなんて。 体格差からして抵抗されれば久宿はひとたまりもない筈なのに……。 しかし木佐木は受け入れた。 全身で抱えるように久宿を抱きしめて、木佐木は久宿に抱かれた。 その夜から、久宿は木佐木にかいがいしく世話をされている。 そのままずるずると、木佐木の家に住み着いて。 まるで木佐木の恋人みたいに隣で眠る日々に溺れる日々はただたよく眠れた。 「そうた」 「おはよ、先輩」 ベッドの中、まどろみながら久宿は木佐木の胸板に頬を寄せた。 子供のように懐けば、褒めるみたいに木佐木に頭を撫でられる。 細く長い指、女の好きそうな優しそうな笑みが似合う整った顔立ち。 隣で眠る自身が女なら、きっと何の違和感もない恋人たちの朝だろう。 朝を迎える度、泣きたくなる。 どれだけ甘く溶けても低さの残る声。 細くとも女のようなしなやかさのない手足。 女でもなく、男らしさの欠如した肉体。 神崎によって男としてのアイデンティティをそぎ落とされ 雄になりそこねた未成熟な精神と肉体のまま、木佐木に全てを委ねる。 木佐木に任せてたゆたうだけの生活は何も考えなくて楽だった。 「先輩、部活辞めてから筋肉落ちたよね」 「部活辞めてからロクに動いてないから……  現役の頃から筋肉付かなくて、筋トレしてなんとかって感じだったのにな」 「ねぇ、神崎さんのせいでしょ」 神崎、という言葉に喉の奥に悲鳴になり損ねた声が吹き抜ける。 まっすぐ見つめる茶色のような、よく見ると緑にも見える不思議な色彩の 木佐木の瞳が久宿を捉える。 穏やかで優しい声と射抜く視線の強さに場を包む雰囲気の色が変わる。 こうなると久宿は木佐木から逃れられなかった。 「神崎さんが外に出してくれなかったんでしょ?」 「……う、ん。そう。汗臭いのやだって、言われたから」 「じゃあもう別れたから運動できるね。今度どっか行く?」 「ま、まだ……いい」 「そっかぁ」 木佐木が笑うといつものように解けた空気に戻る。 ほっとして久宿が息をつくと、何気ない言葉の応答にもかかわらず、 心臓が早鐘を打っていた。 「そうた」 「なに?」 何故か怖くて木佐木の顔が見られず、久宿は木佐木の下腹部に額を当てて こすりつけるようにしてから木佐木を仰ぎ見た。 「あの、口でする。したい……だからさっきのごめん」 「どうしたの? なんで謝るの?」 「颯太は嫌いだろ」 「神崎さんのこと?」 「……うん」 神崎に抱かれることを思い出すと、男としてのアイデンティティが崩れていくような気がする。 それなのに久宿はいつも神崎の話題に行きついてしまう。 だからこそ、この空気を引き起こすのだと。 後ろめたさで何かしなくてはと。 木佐木の求めることを必死で探すがいつも上手くいかない。 「そういうごめんはいらないよ、先輩」 身を小さくして窺うような視線を自身に向ける久宿を 長い両手で閉じ込めて、木佐木は笑う。 「それよりもう少し寝よ。大学明日も休みでしょ」 「……うん」 木佐木の高い温度に緊張がようやく全て解けていく。 木佐木の腕の中は、久宿にとって唯一眠れる揺り籠だった。
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