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過去
「をい、彼女が一緒なのに何をボンヤリしてるのよ?」
言葉と同時に左手をぐいと引かれ、僕は声を掛けて来た恋人と顔を近付けた
キス出来る距離にまで
ああ、すみませんすみません、桜花賞の頃は淀の桜も満開だなって思い出してたんですよ
気を付けないと、彼女の右腕には点滴の針が刺されているので要注意だ
そう、彼女は入院患者なのだ、しかも難病の
「ええ?にゃんにゃんは淀の桜も知ってるの?そんなのズルいー!」
彼女はそう言ってその形の良い唇を尖らせた
思わずキスで塞ぎたくなるような
しかし今は我慢我慢!顔を引き攣らせた看護士さんが、彼女の指から酸素濃度を、左腕から血圧を測定しに来てくれているのだから
…絶対に「このバカップルが!」と思われているんだろうな…否定は出来ないけど
怒らないでくださいよ?電車に乗った時に偶々見えただけなんですからね
社会人になる前、大学生時代に当時の恋人と京都競馬場に遊びに行った時の記憶力だ
「どーせ女の子が一緒だったんだろー?にゃんにゃんのやりそうな事だ!」
言葉こそ厳しいが、彼女は白い顔で笑っている
確かスッピンのはずだが、正直なハナシ、綺麗だと思った
惚気じゃないですよ!…あ、いや、ちょっと惚気が入ってるかも…
「ねえねえ、仁川とどっちが多い?」
数えてみたことないですけど…どちらも競馬場の内でも外でも、お花見出来ると思いますよ?競馬してない分、淀の方が落ち着いて見られるんじゃないですかね
「じゃあさ、じゃあさ!あたしが復活したら淀の桜見に連れてってよ!にゃんにゃんと元カノだけが見てるなんてズルいよー?」
この子は本当に難病なのか?しっかり完治する時の計画まで立てるとは…
うーん、みっひー侮り難しだ
良いですよ、あの見事な桜並木とみっひー、どっちが綺麗か?実証しようじゃないですか
「乗った!言っとくけどあたしが勝ったら、値札のないお寿司食べに連れて行ってよね~?」
…ハナから僕に勝ち目はないのがわかってて、よくそんな怖い事を約束させるものだ…
見上げると、看護士さんが微妙に涙ぐんでおられるのが見えた…
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