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美しい人
ティール達一行は、リョサヘイムまで500キロの所まで来ていた。西に行く程、暑くなるので一行の疲労はピークに達していたが、誰もが勤めて陽気に振舞おうとしていた。
夜になり、酒盛りが始まった時、『ニフルヘイムで最も美しい女は誰か』という話になった。
若い衛兵のヘイムダム・ホツドが言った「エリク。エリクが一番だと思います。見たことはありませんが、字の感じからいってわかります。彼女は薔薇の花のような美しい乙女です!」
普段、あまりお酒をたしなまない為か、その日のヘイムダムはいたって陽気だった。
12人の子供を持つ、最近妙に前につっかかったおなかが気になるコックのニョルド・ブリアーが、笑いが止まらないような素振りで言う。
「おまえは、本当に手紙の女の事が好きなんだな。聞いていて恥ずかしくなっちまうぜ。」
それにつられて、みんながどっと笑った。
衛兵はムキになって、「そんならおまえは、一番どの女が美しいっていうんだ。おまえんとこの、奥方はとても美しいとは思えないけどさ。」と言った。
酒宴とは言え、ティール殿のいる前で羽目を外し過ぎる義弟のヘイムダムの行動に対し、フレイア・アツィルトは胃薬の準備をしていた。
明日は、この分だと定刻通りに出発する事は、無理だとは思いながら・・・
酒を飲むと人格が変わるというのはそうゆうものなのだろうと、義弟の醜姿を魚に薬草をすり潰しながら、オーク酒を飲む。
ニョルドがヘイムダムの挑発に乗ったようだ。
「オレもあれは、美しいとは思わん。
昔はまだましだったが今はひどいありさまだ。
オレが美しいと思ったのは、アトレア家のカダナ、シラーグ家のモニク、ハバール家のアガサぐらいかな?」
「あの3人は、美しいと評判の美女ですからね・・・」
ああ、ブラギ・イェツィラーまでが、こんな話に乗ってくるとは、よっぽど今日のヘイムダムはからかいがあるらしい・・・
ブラギよ。ヘイムダムを親友だと思うならそれ以上やめてくれ。ヘイムダムをいたぶらないでくれと願いながら、一向に話がそれないので助け舟を出す。
「ところで大佐は誰が三人の中で、一番美しいと思いますか?いろんなお嬢さんを御覧になったでしょうから・・・」まあ、大佐にでも振っておけばいいだろうと、フレイアは少し持ち上げる様に酒を注ぎながら話しかけた。
今まで、若い者の中で蚊帳の外になっていたウル・シン大佐が葡萄酒を片手に赤らびた顔で上機嫌で話す。
「わしが、一番美しいと思ったのは、『かごの中の鳥』だな。
楼に入る儀式の為、森の穢れを払いに出た時に護衛をしたのだが、まだ子どもだったが、ベールの中から見た顔は神々しいまでの美しさだった。」
「てっきり『かごの中の鳥』は、ばあさんだと思っていましたぜ。みんなそう言ってましたから・・・」
「それは先代の鳥だよ。若いの。あの人は98まで生きたからな。今の鳥は、わしが見た時、6~7歳ぐらいだったから、10年程経った今は16か17ぐらいだと思うのだが・・・」
「成長した今は、さぞ美しいでしょうね。見れるものなら見てみたいものです。ところで、ティール様は鳥を見たことがおありですか?」
ティールは返答に困ったが「ない」と答えた。
「おかわいそうに、絶世の美女と同じ城の中で暮らしていたというのに、その存在すら知らなかったなんてさ。」
「でもティール様にはリョサヘイムにつけば、ティヘレト姫が待っているではないですか。羨ましい限りですよ。地位と富、そして姫まで手に入れる事が出来るんですからね。」
ティールは「ああ、そうだな」と上の空で答えた。
一人でいたい時も、当分は共同生活だな。うるさい奴が退屈を紛らわせてくれる。大佐が『トリ』の存在を見たことがあるというのは以外だった。
あいつは、オレが知っている限り、オレ以外の人間にはあっていないと思ってたのにな。
外を知っているのに、外に出ることが出来ないんだと思うと無性につらいんだよ。
窓から見る景色と、真近で見る花の色は違うんだ。
そんなことも知らずにずっと、生きていくんだな。
オレの愛はまだお前に届くのか?
心に思えば伝わるのか?
愛してくれとは言わないから、強引にでも外に連れ出せば良かったのかもしれない。
あいつがいれば、何もいらない。
今もその気持ちは変わらないんだ。
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