美しい人

1/1
前へ
/74ページ
次へ

美しい人

 ティール達一行は、リョサヘイムまで500キロの所まで来ていた。西に行く程、暑くなるので一行の疲労はピークに達していたが、誰もが勤めて陽気に振舞おうとしていた。  夜になり、酒盛りが始まった時、『ニフルヘイムで最も美しい女は誰か』という話になった。  若い衛兵のヘイムダム・ホツドが言った「エリク。エリクが一番だと思います。見たことはありませんが、字の感じからいってわかります。彼女は薔薇の花のような美しい乙女です!」 普段、あまりお酒をたしなまない為か、その日のヘイムダムはいたって陽気だった。 12人の子供を持つ、最近妙に前につっかかったおなかが気になるコックのニョルド・ブリアーが、笑いが止まらないような素振りで言う。 「おまえは、本当に手紙の女の事が好きなんだな。聞いていて恥ずかしくなっちまうぜ。」 それにつられて、みんながどっと笑った。 衛兵はムキになって、「そんならおまえは、一番どの女が美しいっていうんだ。おまえんとこの、奥方はとても美しいとは思えないけどさ。」と言った。  酒宴とは言え、ティール殿のいる前で羽目を外し過ぎる義弟のヘイムダムの行動に対し、フレイア・アツィルトは胃薬の準備をしていた。  明日は、この分だと定刻通りに出発する事は、無理だとは思いながら・・・    酒を飲むと人格が変わるというのはそうゆうものなのだろうと、義弟の醜姿を魚に薬草をすり潰しながら、オーク酒を飲む。   ニョルドがヘイムダムの挑発に乗ったようだ。 「オレもあれは、美しいとは思わん。 昔はまだましだったが今はひどいありさまだ。 オレが美しいと思ったのは、アトレア家のカダナ、シラーグ家のモニク、ハバール家のアガサぐらいかな?」  「あの3人は、美しいと評判の美女ですからね・・・」 ああ、ブラギ・イェツィラーまでが、こんな話に乗ってくるとは、よっぽど今日のヘイムダムはからかいがあるらしい・・・ ブラギよ。ヘイムダムを親友だと思うならそれ以上やめてくれ。ヘイムダムをいたぶらないでくれと願いながら、一向に話がそれないので助け舟を出す。 「ところで大佐は誰が三人の中で、一番美しいと思いますか?いろんなお嬢さんを御覧になったでしょうから・・・」まあ、大佐にでも振っておけばいいだろうと、フレイアは少し持ち上げる様に酒を注ぎながら話しかけた。 今まで、若い者の中で蚊帳の外になっていたウル・シン大佐が葡萄酒を片手に赤らびた顔で上機嫌で話す。 「わしが、一番美しいと思ったのは、『かごの中の鳥』だな。  楼に入る儀式の為、森の穢れを払いに出た時に護衛をしたのだが、まだ子どもだったが、ベールの中から見た顔は神々しいまでの美しさだった。」 「てっきり『かごの中の鳥』は、ばあさんだと思っていましたぜ。みんなそう言ってましたから・・・」  「それは先代の鳥だよ。若いの。あの人は98まで生きたからな。今の鳥は、わしが見た時、6~7歳ぐらいだったから、10年程経った今は16か17ぐらいだと思うのだが・・・」  「成長した今は、さぞ美しいでしょうね。見れるものなら見てみたいものです。ところで、ティール様は鳥を見たことがおありですか?」  ティールは返答に困ったが「ない」と答えた。  「おかわいそうに、絶世の美女と同じ城の中で暮らしていたというのに、その存在すら知らなかったなんてさ。」  「でもティール様にはリョサヘイムにつけば、ティヘレト姫が待っているではないですか。羨ましい限りですよ。地位と富、そして姫まで手に入れる事が出来るんですからね。」  ティールは「ああ、そうだな」と上の空で答えた。  一人でいたい時も、当分は共同生活だな。うるさい奴が退屈を紛らわせてくれる。大佐が『トリ』の存在を見たことがあるというのは以外だった。  あいつは、オレが知っている限り、オレ以外の人間にはあっていないと思ってたのにな。    外を知っているのに、外に出ることが出来ないんだと思うと無性につらいんだよ。  窓から見る景色と、真近で見る花の色は違うんだ。  そんなことも知らずにずっと、生きていくんだな。  オレの愛はまだお前に届くのか?  心に思えば伝わるのか?  愛してくれとは言わないから、強引にでも外に連れ出せば良かったのかもしれない。  あいつがいれば、何もいらない。  今もその気持ちは変わらないんだ。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加