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「かごの中の鳥」
ここから、抜け出したい。
私はいつもそう思っていた。
この塔からは、地平線の彼方、水平線の彼方まで、ありとあらゆる場所が見渡す事が出来たが、私はこの塔の外から一歩も出ることは出来ない。見ることが出来ても触れる事の出来ない世界は、私には存在している価値の無い幻。
起きて見る夢。現実ではないもの。
エルモリアの領主の家、通称「氷と霧の城」の中心にそびえる塔の上が私の部屋だ。
私には名前が無く、人々は、私の事を「かごの中の鳥」と呼んでいた。
塔の中には、年数が経っているがしっかりとした机と椅子、白いシーツが引かれたベッドと、古いラテン語で書かれた書物が無造作にしまわれている書斎がある。
その他には何もない。
私は、一日の大半を窓の外をぼんやり過ごし、毎日を消費している。一日は長く、そして生きているという事を忘れさせるような規則正しくパターンを繰り返していくだけだ。
所詮、私は生涯この楼の中から出ることが出来ない・・・カゴノナカノトリ。
私は占う。この世界に起こる事柄を。農作物の出来、王の世継ぎについて、災いの元などを。エルモリアの民の為に自分の生涯を引換にして。
窓にハトが止まるのを見つけると、すかさずハトの足に結わいつけられている紙をほどく。
「オークの森に住む、コクマーと申します。わたしの運命の人はいつあらわれるでしょうか。どうか占って下さい。お願いします。」
ハトの羽をむしり、その先にインクを付けて文字を刻む。
「マルクト広場に白いバラが咲いた時、そなたの髪を褒める者あれば、そなたの伴侶となりけり。」
その紙を先ほどのハトの足に結びつけて、窓から放つ。
ハトは大空を旋回し地上に降り、私の仕事は遂げられる。
誰かが部屋の扉を開けるにぶい音が聞こえる。扉を開けないで欲しい、中に入って来ないで欲しいと、私は必死に祈ったが、男はこちらに向かって近づいて来た。
「ネツァク様、どうしてこのような場所に立ち寄られたのですか?ここにはあなた様は入ってはならないのではなかったのではないでしょうか。」私は極めて事務的に言葉を選んで男に伝えた。
男は、「鍵を手に入れたからここに入った。入っていけないという事はちゃんと知っている。でもここにはおまえがいることも知ったから入らずにはいられないんだ。」
「さようでございますか。わざわざタブーを犯してまで、こちらに来ていただけたのはありがたいのですが。私はなんのお構いもすることすら出来ませんから。」
「ここに来たのには、ちゃんと理由がある。お前に頼みごとがある、このオレの未来を占ってくれないだろうか。おまえが占いをやることは噂で聞いた事がある。国の大事を占えるものが、個人の行く末を占えない訳がないだろうが。」
「確かに、私は国の行く末を占います。その為に存在しているような物でございます。
しかし、ティール様、ご自分の未来を占われてどうなさるおつもりでしょうか?」
男はゆっくり顔を近づけながら、「未来を変えたいからだ。」と言った。
「さようでございますか。なぜに未来を変えたいと思い、こちらまでいらしたのでしょうか?あなた様のような恵まれた境遇におられる方が。」
「おまえは、知っていてどうしてそんな事をいうんだ!意地の悪い女だ。今度の満月の晩には婚約の儀が行われる。そうすれば、好きでもない女と結婚しないといけないんだぞ!」
「婚約の儀の事は知っております。日取りも私が決めましたゆえ。リョサヘイムのティヘレト姫は良い方だとうかがっておりますが、何かご不満でもおありなのでしょうか?」
「そんな奴の事なんてどうでもいいんだ!納得がいかないのは、俺が知らないうちに婚約が決まったって事だ。本当に好きな奴がいるのに、なんでそんな奴と結婚しないといけないんだ!オレが本当に好きなのはおまえなんだよ。」
「それはもっと、難しいこと。あなたはご自分の未来ではなく、私の未来を変えに来たのですか?私は一生誰とも生涯を共にせず、この楼で暮らし、この国のあらゆる事を占うという大事な使命を持っております。それは、放棄することの出来ない大切なもの、そして死ぬまで守りとおさなければいけない事です。」
「そんなことはどうでもいい!他の奴がやればいい。オレはおまえが好きだ。それだけでいい。どうしてそれが許されないんだ!おまえは昔、『変えられない運命などない』と言った。だから変えたい、お前とオレとの運命を。」
「世界が炎上し、陸地が海に沈む時のみ、その願い叶う暗示あり。」
「世界の終わりが来てもいい、俺は生涯おまえだけを愛する。」そう言い残し男は部屋を後にした。
私は、部屋の鍵を堅く閉めた。そしてベッドにうずくまって泣いた。
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