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スーパーの店員
「いらっしゃいませ〜」
お店の中で、いつも耳にする、優しく明るい声が聞こえた。
チラッと声のした方向に目をやると、笑顔で年配のお客さんと話をしている、私の好きな人が居た。
ここは、住宅街にあるスーパーマーケットのスーパーアオイ。
昔からあるこのお店は、私が小さい頃からずっとある。
昼間には、近所のおばさん達が働いていて、幼い小さな子が一人でおつかいに来たりもするこのお店が、真奈美はずっとずっと好きだった。
夜の7時。
少し人気の少ないお店の中を、お店の人やお客さんで顔なじみに会うたびに、会釈をしながらお店の中を回る。
回りながらも、私が好きなあの人がどこにいるのか、聞こえる声の方向で分かってしまう。
そんな自分に呆れながらも、そんな自分が愛おしくも思えた。
私、花岡真奈美は、ここに住んで30年。生まれてから、ずっとこの街に住んでいる。
真奈美の仕事場は、自宅やスーパーアオイの近くにあるこの駅から、2つ先にある大きな駅のビルの中にあるショップ「RIN《リン》」と言うお店に勤めている。
関東圏内に5店舗あるこのお店は、アクセサリーや雑貨を主に扱っている。
そして私は、いつの間にか支店の店長になっていた。
店長になりたいなんて思っていなかったし、不器用で人に頼み事を出来ない私は、店長の器じゃない事は、自分でも分かってる。
毎日の売上、バイトの子達の揉め事も少なくない人間関係、胃が痛くなる日々を誰かが止めてくれないか…、そう毎日願いながら、朝起きていた。
寝付けなくて、何度も起きて…、明るくなっていく窓の外を見つめる事も、ちょっとじゃない。
そんな殺伐とした毎日の中、二年前にスーパーアオイのフロアチーフとして彼が現れた時、彼の優しげな笑顔に惹かれた。
名札には、『佐藤』と名字が書かれていた。
彼とは、話した事は無い。
話す内容も、無い。
ただ、『いらっしゃいませ』と言われて、会釈するだけだ。
だから、2年間ずっと片思いだ。
好きな人に会える。
それが私にとって、心の支えでもあり癒やしとなり、不眠や胃痛が和らいでいた。
だから真奈美は、ずっと、ずっと、この距離でいたい…そう思っていた。
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