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偶然の目撃
最寄りの駅から歩いて帰る道沿いに、真奈美がよく遊んでいた小さな公園がある。
お店の棚替えでいつもよりも遅くなった帰り道、暗い夜道を歩いて帰る真奈美が、公園の中を何気なく見ると、街灯に照らされたベンチに座っている人がいた。
ベンチの上の街灯の灯りが、その人のシルエットを映し出す。
目を凝らしてじっと見つめていると、その人が誰なのか真奈美は気づいてしまった。
真奈美の片思いしている相手、スーパーアオイの店員の佐藤だ。
声がかけられない真奈美は、心の中で彼の名字を呟き、その姿を見つめた。
背中を丸めて少しうつむき加減でいる姿の彼。
ふいに、暗い夜空を見上げる様に顔を上げた。
見上げた彼の表情は、ベンチの上の街灯で顔がよく見えた。
…街灯で照らされた彼は、泣いていた。
嬉しいのか悲しいのか…、真奈美は見ていてもわからなかった。
けれど、その泣き顔は、とても綺麗だった。
涙を流す人を、
『綺麗だ』
そう思ったのは、初めてだったかもしれない。
泣いている姿に見とれていたら、彼は真奈美に気づいたのか、真奈美の方に視線を移した。
真奈美は、その彼の視線に息を呑み、思わず少し後退りをして、そのまま逃げるように家に向かい走り出した。
『私だと、気づいていませんように…』
そう願いながら…。
少し歩いた先にある、真奈美が両親と住む小さな庭がある一軒家。
息を切らしながら、駐車場の脇にある前庭を通り玄関に向かった。
玄関に入り、いつもなら『ただいま』とリビングに聞こえるように声を掛けるけれど、今日は何も声をかけずに、そのまま自分の部屋へと小走りに歩いた。
『ただいま』を言いたくない訳じゃない。
言うことすら忘れるくらい、真奈美は佐藤に気づかれたかもと不安に思っていた。
動揺していた真奈美は、早く自分の部屋に行って考えたかった。
『ただいま』も言わずに、二階の自分の部屋に向かう娘を、母親の奈々は不思議そうにリビングのドアを開けて階段の上を見た。
誰もいない静かな階段のその先を見つめ、何も言わずに部屋に入ってしまった真奈美にため息を付きながらも、
『なにか、あったのかしら…?』
と、心配な表情でいた。
真奈美が、優しすぎて人に頼れず、店長の肩書が負担になっている事は、奈々も理解していた。
「もういい年だ。放おっておけばいい」
夫の良太は、いつもそう言う。
そうしたいけれど、不器用な真奈美が、奈々は心配だった。
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