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ライブハウスにて
ライブ当日。
今日のライブは、TIGERだけだ。
それでも多くの人が訪れた。
夏樹の引退を聞きつけたファンが押し寄せたのだ。
その中には、真奈美の働くお店の香菜と美樹の姿も見えた。
香菜に誘われた時に、『夏樹と知り合いになって、友人と行く事になった』と、伝えていた。
香菜達は、真奈美の隣に男の人がいる事に驚きながらも、真奈美に向かって小さく手を振り挨拶をしてくれた。
薄暗い中、小さなスポットライトで、一本のマイクが照らされた。
そこに、ボーカルの蓮が現れた。
「皆、今日は夏樹のラストに付き合ってくれて、ありがとう。ホントはさ、ちょっと休めって言ったりしたんだけどな、それでも夏樹の希望は引退みたいだからさ、皆で引退後の夏樹も応援してやってくれよな」
蓮の言葉に、悲鳴のような声も聞こえた。
達樹と真奈美は、もしも夏樹が体調が悪くなったら、すぐに救急車へ運べるように、関係者近くの隅で、ライブの様子を見守っていた。
そして、夏樹が現れると、
「やめないで〜!」
「夏樹〜!」
と、夏樹への言葉が飛び交った。
夏樹が笑顔で観客を見渡す。
「皆、ありがとね〜!僕、めちゃめちゃ幸せだな〜。こんなに愛されてさ」
夏樹が話し出すと、観客は静かに夏樹の言葉に耳を傾けた。
「僕は辞めて違う道を進むけどね、新たに加わる康太(コウタ)はね、TIGERの事がホントに、大好きな大好きなヤツでね、だから僕も康太が大好きになったの。だからね、皆〜!康太の事も、よろしくお願いします!」
静まり返った会場で、話し終えた後、夏樹は頭を下げた。
そして、袖に居た康太を舞台中央へ呼び寄せて、二人で並んで観客に頭を下げた。
観客のたくさんの声援と掛け声に、二人は笑顔で抱き合った。
「今日はね、今から康太とメンバーと皆で最後に演奏します。僕ね、この日のために曲を作ったんだ。皆がこの曲を気に入ったら、このバンドの曲にしてね」
そう話すと、夏樹は、観客一人一人を見るように見渡した。
そして、姿勢を正し、直立不動になり、
「今日まで、ありがとうございました!」
「ファンの皆、ありがとう!」
「スタッフ、ありがとう!」
「メンバーの皆、ありがとう!」
「皆、皆、愛してます!」
と、夏樹が叫ぶと、
「俺も愛してるぞ〜!」
「私も愛してる!」
と、観客も夏樹への思いを叫び返した。
「では、曲紹介。『言霊』(コトダマ)は皆への愛の歌です」
夏樹がそう伝えると、観客は静かにその言葉の続きを待っていた。
「この歌を、今日だけは、愛しい真奈美ちゃんへ贈ります」
夏樹のその言葉の後、戸惑ったざわめきが会場を包みこんだ。
少し離れた所で、香菜達がこちらをチラッと見ていることに気づいた真奈美。
「後で説教だな…」
そう呟く達樹に、思わず真奈美は頷いた。
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