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~前編~
生まれ持った運命
そんなものに人生左右されるなんてくそくらえ
命令されて喜ぶ、支配されたい欲求、そんなのおかしい人間の考えだ
いつだって俺は自分自身の意思で生きていく
誰かの言葉なんか死んでも聞くものか、
そう思っていたのに
「遼〜」
「おー」
食堂に着いた遼に佐々木が手を上げる。こっちこっちと誘われるまま佐々木の前の席に遼は腰を下ろして手に持ったトレーを置いた。
遼はふうと長い息を吐くと、目の前にある昼食をぼんやりとした目で眺める。そんな遼の様子に佐々木が首を傾げた。
「どした? なんか疲れてるな」
言いながら遼の顔を佐々木がジッと見つめた。
「よく見ると顔色も良くないし、大丈夫か?」
「大丈夫だ」
佐々木の言葉に、間髪入れずに遼は冷たく言い放つ。
まるで突き放すような言い方に、佐々木が驚いた顔になった。その表情を見て、遼はあっと声を零した。
「いや......レポートの締切があって寝不足で......だから」
慌てて言い直す遼に、佐々木はフッと顔を緩めた。
「あんま根つめすぎんなよ」
佐々木は心配そうにしながらもそれだけ言うと、ほら飯食おうぜ!と明るく言って遼に昼ご飯を食べるように促す。それから佐々木はさっきのことはなかったかのように他愛のないことを話しだした。
余計な詮索はしない、だけど本当に困った時は助けになってくれる。
大学から知り合った空気の読める優しい友人に遼は心の中で感謝した。
遼は校内を歩いていた。
思い出すのはさっきのこと、体調を心配してくれた佐々木を突っぱねてしまったこと。
レポートの締切ももちろんあった。だけど他に根本的な原因があることに遼自身は気付いていた。
その原因を知られたくなくて遼はあんな風に冷たく言葉を返してしまった。
この世界には男女の性以外にもう一つの性がある。
DomとSub。
そう呼ばれる第二の性が存在する。
Domは「庇護する者」、Subは「庇護される者」として分別され、domは subを支配し
Subはdomに支配されたいという欲求を持っていた。
まるで逃れられない運命のように生まれた時にそれは決められていて。
遼は subだった。
遼は自分のダイナミクスを受け入れられていない。
だっておかしいだろ、庇護したいされたいなんてそんなの体のいいとってつけた説明だ。
実際はそんな綺麗なものではないに決まっている。支配されるなんてそんなの考えただけで寒気がする。
Domに命令されて虐げられて subは喜ぶなんて。
そんなのおかしな人間の話しだ。そんなのまともな関係じゃない。
自分は違う。自分はそんな人間じゃない。
遼は自分がsubなことを誰にも話していなかった。
誰かに従いたいなんてそんな欲求今まで持ったことも感じたこともない。
現に今までnormalの人間と 変わらずやってきのだ。
だからこれからも変わらない。変わらないんだ。
そう思って遼はギュッと拳を握りしめる。
だけど最近夜眠れないことが多くなった。
どこかが渇くような感覚に襲われて、何かが足りないと感じて、その乾きと足りない何かを埋めて欲しくて堪らない衝動に駆られなかなか寝付けないのだ。
薬の量を多くして誤魔化してきたが、最近はそれもままならなくなってきていた。
「っ......」
ふら、とめまいを感じて遼は立ち止まる。
(まさか......これが subの欲求不満......?)
そう思ってしまって遼は慌てて首を振る。
(そんな訳ない俺はそんなのとは違う......気のせいに決まってる!)
遼は自分の気持ちを奮い立たせた。
チュンチュンと鳥の声が聞こえて遼はハッとする。気付いたら中庭まで来ていた。
ふと見上げた空がとても綺麗で、遼はそれに目を細めた。カサついた心が少し癒されるのを感じて、遼は空を見つめて立ち止まる。
すると足元の方でまたチュンチュンと鳥の鳴く声が聞こえた。それにつられるまま遼は足元を見て息を飲んだ。
「っ......!」
そこには人が横たわっていた。
中庭の芝生の上に無防備に寝転んで目を閉じている人は男性だった。
透き通るような白い肌に、瞳を閉じていても分かるほど整った鼻梁。閉じた瞼から生える睫は長く、綺麗な影を落としていた。
触り心地の良さそうな茶色がかったふわふわの髪が、太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。
まるで物語の中から出てきた王子様のようなその姿に、遼は一瞬で目が離せなくなった。
見ると体の上に小鳥が止まっている。ああさっきの鳥の鳴き声はここから聞こえていたのかと遼はぼんやりとそう思う。
まるで彼に吸い込まれるように目が離せない。
四肢の長い体躯に、細くて長い指先、大きな手、あまりにもすべてが整ったその美しい姿に遼のすべてが奪われるような感覚に陥る。
(きれい......)
気付いたらそう心の中で呟いて、遼は彼に見惚れてしまったいた。
そして。
(なん、だ......鼓動が......)
彼を見ているだけで意識が持っていかれるような感覚に襲われる。胸が震えて、鼓動が早くなる。そのときめきような、危険を感じる怖さのような正反対の気持ちが入り混じる感情に遼は戸惑いを覚えた。
もっと彼を見ていたいのに、このままここにいたら危ないと思う。
彼の側にいたいという気持ちと、逃げないとという焦りを同時に感じて、逃げようとする意識と、ここにいようとする体の動きがバラバラになって遼は不自然な動作をしてしまい、手から持っていた教科書を落としてしまった。
バサバサッ―――
それは大きな音を立てて芝生の上に落ちた。急に聞こえた大きな音に、彼にとまっていた小鳥が驚いたように飛び立っていった。
「ん......」
小さい声を漏らして、彼の瞼が揺れる。
(あ......どうしよ起きる......)
そう思った瞬間、彼がゆっくりと瞳を開けた。そして入ってきた太陽の光に眩しそうに目を細めると、穏やかな動きで起き上がる。体に付いた芝生を払うと、彼は体を伸ばすように伸びをした。
その彼の動きがスローモーションのように遼には見えた。一瞬一瞬がとても綺麗で、なんともない仕草も彼がすれば映画のワンシーンのようにとても絵になる。
彼が遼の方に振り向いた。そして人がいることに気づいた彼が、遼に視線を向けた。
彼の瞳の中に遼の姿が写る。
目を覚ました彼は想像していた以上に端正な顔をしていた。
綺麗な宝石のように太陽の光を受けてキラキラと彼の瞳が輝いて、その瞳に吸い込まれるように遼は見惚れる。
「あれ?」
こちらに視線を向けた彼は、遼を見て何故か驚くような顔をした。そして遼を伺うようにジッと見つめる。
「君......大丈夫?」
何に対して言われているのか分からなくて遼は首を傾げる。だが自分が本を落とした大きな音で彼を起こしてしまったことを思い出す。
「大丈夫だ。ちょっと手が滑って教科書落としただけだし」
そう言うと遼は落とした本を拾うためにその場にしゃがんだ。
「いやそうじゃなくて............自分じゃ気づいてないんだな」
そんな遼に対して彼が言いにくそうに口ごもる。最後の方は独り言のように呟いたので遼には聞こえなかった。
「それにしても何でこんなところにいたの?」
「............」
彼と遼がいる場所は中庭の真ん中の方で、ベンチが置いてある端の方ならともかく普段はあまり人がいない場所だった。
考えごとをしていて気付いたらこんな場所来ていて、その上彼の姿があまりに綺麗で見惚れていたなんて言えなくて遼は口ごもる。
「別に......それを言えばそっちこそ何でこんなとこにいるんだよ」
本当のことを素直に言えなくて、言われた言葉をそのまま彼に突き返す。
(しまった......ちょっと言い方きつかったか......?)
彼は何も悪くないのに、ましてや初対面の相手に対して、つい強い言葉を返してしまって遼は内心慌てる。昔から思ったことをすぐ口に出し、その上物言いがはっきりして遠慮のない遼は昔からよく勘違いされやすかった。特に悪気があるわけじゃないのだが、遼の言い方がきつく聞こえると言われることがよくあった。
遼の言葉に黙った彼を見て、ハァとため息を吐きそうになるが。
彼はそんな遼に対して、ふっと瞳を和らげた。
「ほんとだね。俺こそこんなとこで何してるんだって感じだよね。しかも寝てるし」
そう言うと彼はふふふと柔らかに笑った。
遼の言い方なんて少しも気にしていないという彼の様子に、付きそうになったため息を飲み込む。
「てか、なんでこんなとこで寝てんだよ」
「空が綺麗で......一時間ぐらい見つめてたら知らないうちに寝ちゃった」
ぶっきらぼうに聞く遼に、彼は相変わらず穏やかな口調でそう答えた。
「一時間......⁉」
「うん」
驚く遼に彼が普通に頷く。そのあまりにも当たり前だというような彼の答え方に遼は思わずプッと吹き出した。
「ふふっはははっ......なんだよ空見てたら寝てたって、しかも一時間も!」
遼は口を押えてくくっと笑うと空を見上げた。
「確かに今日は空が綺麗だもんな」
そういえば遼もさっき空があまりにも綺麗で癒されたことを思い出す。
「これだけ綺麗だったら、時間を忘れちゃうかもな......」
見上げた空はやはり綺麗で、そう言うと遼は彼を見て笑顔になった。
「......」
遼の笑顔を見て彼が眩しそうに目を細めた。そして嬉しそうに顔を綻ばせると、遼に向かって微笑み返した。
「......優しいね」
とてもとても優しい声だった。
「っ...!」
その言葉に遼の鼓動がトクンと跳ねる。
そのままトクトクと鼓動が音を刻んで、体がポカポカと温かくなってくる。
高鳴る胸がなぜか分からなくて遼は戸惑った。
その時チュンチュンと鳴き声を上げながら先程彼にとまっていた小鳥が帰ってきた。小鳥は彼の近くに降りるとチュンチュンと彼に向かって声を上げる。かまって欲しいというような仕草に彼が小鳥に向かって手を伸ばした。その手に小鳥がとまる。
「よしよし」
そう言うと彼が小鳥の体を撫でた。それを遼はジッと見つめる。
撫でている彼の手から視線が離せない。小鳥はとても心地よさそうに彼の手にその身を預けていた。
(いいな......)
急に遼の心の奥底から気持ちが湧き上がる。
撫でられている鳥が羨ましいと思う、そしてその手は自分の物だとも。
(俺も撫でて欲しい......)
そう思って遼はハッとした。
(今......俺......何を考えた......?)
無意識に湧き上がった気持ちに、遼は信じられなくて口を押えた。
そんな遼を見て彼が小鳥を手から空に放つ。そして遼の方を伺うように覗き込んだ。
「どうしたの?」
優しい問いかけの声に、遼は慌てて平然を装う。
「な、なんでもない」
早くここを立ち去らないと、何故か分からないが強くそう思って遼は落とした教科書を急いで拾い上げた。
「ねえ、名前は?」
湧き上がる気持ちに遼が戸惑っていると、彼がそう聞いてきた。
「俺は神崎大河。君は?」
「......」
早く行かないとそう思うのに、問いかけられた言葉に貼り付けられたように動けなくなる。トクントクンと先程から胸がうるさく鳴り響いていた。
問いかけられたことに、なぜか頭がボーッとしてくる。
答えかけて、でも遼は自分の名前を教えるのをためらった。
すると大河の瞳が捕えるように真っ直ぐに遼を見つめた。
大河が口を開くのがまるでスローモーションのように見えた。
「教えて?」
「っ......」
言われた瞬間、本当に何も考えられなくなった。
本能が彼の言葉に従わなければ、いや従いたいと遼に告げる。
「青木......遼......」
「あおきりょう」
大河が確認するように遼の名前を囁く。
優しく響くその声に、遼の胸が締め付けられるほど強く高鳴った。
「教えてくれてありがとう」
伸びてきた大河の手が遼の体に触れる。
「いい子...」
「っ...、ふぁ....」
そう言って大河が遼の頭を撫でた。
瞬間、身体中に初めての感覚が走る。
喜びに似た高揚感。
体がふわっと浮遊するような心地を覚えて、思考が溶けていきそうになる。
そんな遼を大河がジッと伺うように見つめていた。
弱い力で遼が大河の服を掴む。
それがまるで大河に助けを求めているように見えて大河はその遼の手を包み込むとギュッと握り返した。温かい手の感触に、途端に安心感が広がっていく。
頭を撫でていた大河の手が頬を優しく包み込むと親指が頬をなぞる。それにビリビリと電流が流れるような心地よさが広がって遼の瞳が蕩けた。
「ふふ、かわいい」
「あ......」
(もっと褒めてほしい......)
この手にもっと撫でられたい、この声にもっと褒められたい。
それだけが頭を支配する。
求める言葉がこぼれ落ちそうになって遼はハッとした。
(おれ、いま.......)
「ねぇ、あおき...フェロモンが漏れてる。このままじゃ心配だから俺と」
「触んなっ!」
大河の言葉に遼の頭がカッとなる。遼は大河の腕を振り払った。
ダメだ...!
遼は立ち上がる。
(このままじゃ俺......こいつに......)
そんな遼に大河が慌てた顔になった。そして遼に向かって手を伸ばす。
「あ...ごめん俺つい......無理にとかそんなつもりじゃないんだ! 青木があまりにも......」
「その先は言うな!」
気を抜くと伸ばされた腕に自分から身を寄せそうで、怖くて、遼は大河に背を向ける。
「このことは誰にも言うなよ」
「青木...」
遼はそれだけ言うと歩き出す。
「青木...!」
呼ばれる名前に反応しそうになって遼は耳を塞ぐ。
「待って! そんな状態で......」
大河が何かを叫んでいるようだが、遼は振り返らない。
鼓動がトクトクと音を刻む、大河に触られて温かくなった胸がもっと欲しいと叫ぶ。
(そんな俺......いやだ......‼ 怖い......)
そう思う自分が怖くて、遼は大河の感覚を振り払う。
そしてその場から逃げるように走り出した。
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