1.非現実的な現実

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 ***  下手に話すと、自分が無能であることがバレてしまう。  聞いているようで聞いていない。理解しているようで理解していない。そんな状況に、雨浦夢宙(あまうらむちゅう)は心臓を鳴らしていた。  大学での成績は悪くはなかった。周りよりはそこそこ出来ていたし、資格も全て一発合格して来た。  夢宙は自分のことを「不幸では無い」と解釈している。いや寧ろ幸福の部類に入るかもしれない。  夢宙という人物は、昔からずっと苦労したことが無い。強いて言うならば少し変わった名前をしているので「夢宙に夢中ってこと?」と、しょうもない揶揄われ方をしたことがあることぐらいだろう。  しかし夢宙は自分の名前が割と好きなので何のダメージにもなっていない。  なので、夢宙の人生に苦労は何も存在していなかった。しかし実際は、己の力量に合った場所でずっと胡坐をかいていただけの話だった。  就職をして直ぐに研修が始まったのだが、夢宙はこれに全く着いていくことが出来なかった。  初学者向けだと言われていたので油断していたら、講師の言っていることが何も理解できないレベルの研修だったのだ。夢宙にとっては地獄だった。  しかも、周りはどうやら理解しているらしい。自分だけが理解していない状況は初めてだった。いつも自分は平均よりは上で、分からないことがあったとしても、大抵他の人も理解していないことがほとんどだったのだ。  分からない所が分からない。  そんな状況で、夢宙は頭をぐるぐると回していた。理解しようと藻掻いてみても、何年も勉強してきた周りに敵う筈は無かったのだが。 「雨浦さん」  今回の講師は、学校の先生のように問題を出してくる人だった。夢宙はやけに乾いた唇を震わせた。 「すみません。分からないです」
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