3人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
1.非現実的な現実
薄暗い部屋の中、一つの人間らしき影がぐらりと揺れた。
足元に散乱している硝子や液体に興味を示すことなく、その人影は裸足のまま、ぴちゃ、ぴちゃと音を立てて数歩だけ歩を進めていた。しかしバタバタとした足音を拾ったのか、前方にあるドアを静かに見つめ始める。
ドアが開き、「江波都さん!!」という声が響くと共に部屋に光が差した。
ドアを開けた白衣の男は部屋の惨状を認識してしまい、息を呑んで固まる。思わず動転した視界の先に揺れている影を確認して、男は喉をきゅっと締めて声を殺した。
人影はまだ、白衣の男と距離があった。しかし、視線が交わっているという確信が何故かある。
蛇に睨まれた蛙というのはこのことかと、やけに冷静になった脳がくだらないことを思い出した。
暫く視線を逸らすことが出来ないまま時間が過ぎる。壊れていない機械のファンの音がやけに大きく聞こえていた。
人影が床に視線を落とすと同時に、男は漸く太い息を吸った。気付いていなかったが、冷汗が流れている。
「はかせ・・・・・・」
人影はそう呟くと足元に転がっている腕を拾い上げた。太さからして男性の左腕だろうか。薬指にはシルバーの指輪が付いていた。
「まだ戻らない」
腕を何処か不思議そうに眺めながら、人影は辺りを彷徨うと目についた金属製のケースを瓦礫から引っ張り出して腕をその中に入れた。
「疲れちゃったのか・・・・・・?」
人影は、開いたドアに向かってひたひたと歩き始めた。白衣の男は恐怖を押し込んで、何とかドアの真正面から横に逸れた。
光に出てきた人間らしき者はスウェトを着用していたが靴は履いておらず、全身が濡れている。髪は肩に付くぐらいの長さをしており、表情は伺えない。
白衣の男は思わず「すごい・・・・・・」と呟いた。
「君は人間?」
白衣の男は、目の前の存在をどう捉えるべきか迷っていた。その最中に問われた問いに男は「そうだ」と声を震わせながら何とか答える。
「そっか」
男はカバンを持ってゆったりと去って行く存在を見送った。放心していた男は、駆けつけた仲間に声を掛けられながら先程の存在について思考していた。
目に焼き付いたあの存在が暫く頭から離れなさそうだ、と。
最初のコメントを投稿しよう!