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「三十嵐さーん、ウチらもう上がるねー」
「はーい、おつかれすー」
お互い視線も交わさずに挨拶だけが交わされる。
漫研に入ってはや一年。もうお互い慣れたものだ。
三十嵐杏子十七歳。所属している漫研はアニメや漫画の重めのファンが中心でコスプレや同人誌作成もしないメンバーばかりだ。当然あたしも嫌いではないが、一次創作中心の絵ばかり描いているので正直ちょっと浮いている。
とはいえ、食性は違えどそこはオタク、お互い領分を踏み荒らして余計な摩擦を作ったりせずやんわりと距離感のある日々を過ごしているのだが、まあ思うところが無いかと言われるとそうでもない。
昨年入部した時点ではまだ、三年の先輩たちが積極的に同人誌を描いたりしていた。
けれども彼らが卒業して残った同級生や昨年二年生だった先輩たちはどうにもそこまでの熱意は無いらしい。文化祭では一応流行りアニメの分析とかを用意して発表する計画らしいけれども、それもひと握りの有志によるものであとのメンバーはせいぜい会場設営や当日の会場対応。かく言うあたしも分析資料作りには関わっていない。
去年は先輩の同人誌を手伝ったり絵の描き方を教わったりそれなりに部活を満喫していたけれど、イラストにしろ漫画にしろ今のようにひとりきりで描いているなら、わざわざここへ来る必要は無い。
「これはあたしも潮時ですかねえ」
ため息交じりに呟く。
別になにをするでもなく毎日雑談して過ごす彼らを苦にしているわけではないけれど……いや、でもやはり薄っすらとした疎外感はある。
まあそれは部活に限った話でもないけど。
元々小さい頃からひとりで絵ばかり描いていたあたしは学校という場でずっと疎外感を抱えて来た。
両親や先生は自分で友だちを作る努力をしなさいと何度も言ってきたけれども、それに反発するようにあたしは絵に没頭した。
そもそも努力して作る友だちってなんだろう。
たぶんそれが理解出来ないから、あたしには友だちがいない。
むしろ去年一年の居心地良さが異常だったのだ。あたしには過分な場所だった。それがいつも通りになっただけだと思えばそれほど腹立たしくもない。
まあ、少し寂しいとは思うけれども。
「おなか、空いたな」
空腹のせいだろうか、今日はとりわけ悲観的だ。
集中も出来ていなかった。気付けば陽はかなり傾いている。
運動部もそろそろ終わる頃だろう。彼らの帰宅ラッシュに巻き込まれないうちにあたしも退散するとしよう。
手早く戸締りを済ませて職員室へ鍵を返し学校を後にする。最寄り駅の周辺はそこそこ栄えている繁華街で、歩いているとそこかしこから空腹を煽る空気が漂っていた。
両親は共働きなので我が家の夕食は遅めが常だ。普段はおやつを摘まんで誤魔化すところだけど。
「こういうときはガツンといっときますか」
ネガティブメンタルには脂、肉、炭水化物と相場が決まっている。あたしは両親に夕飯は食べて帰る旨メッセージを送ると駅を通り過ぎて商店街の少し奥まったところにある店の暖簾をくぐった。
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