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立ち上がろうとすると、足がもつれてヨロッとふらついた。まだ動揺しているみたいだ。ふーっと深く息を吐いて、気持ちを落ち着けるために、僕は朝からの出来事を思い返した。
ほんの数分前。
八時キッカリに僕は翼ちゃんの家の玄関ドアの前に立っていた。
制服のネクタイが曲がっていないかチェックし、翼ちゃんの家のチャイムに手を伸ばす。もう一か月も続く朝のルーチンだけど、いまだに緊張で指先がプルプル震えている。
陰キャの僕には、学校一の美少女の翼ちゃんと会話することすら、一週間分の幸運を使い果たすような出来事なのに、まさか家に迎えに来る日が来るなんて、ほんの一ヶ月前まではありえなかったことなんだから仕方ない。
「よしっ」
小さく気合を入れて、指先にグッと力をいれると、ピン、ボーンと鈍い音が家の中で鳴った。ちょっと壊れているチャイムは、翼ちゃんにちょっと似ている、なんて言ったら怒られてしまうだろうか。
「はーい。おはよう、松本君」翼ちゃんのママがドアから顔を出した。「あの子、まだ支度出来てないの。少し待って……」と言いかける彼女のお母さんの声をさえぎるように、ほんの少しハスキーなメゾソプラノが響いてきた。
「ママー! 松本君に部屋に上がってもらって! 見せたいものがあるの!」
どうやら翼ちゃんは二階の自分の部屋にまだいるらしい。
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