クズどもの褥

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 鬼島に運び込まれた秋津が、次に目を覚ましたのはベッドの上だった。  何処の高級ホテルだと言いたくなるくらい、寝具の質と部屋の雰囲気に品がある。  秋津はまだぼんやりとした頭で、自分の置かれた状況について考える。  気を失う前、鬼島に胡桃沢の暗殺を頼まれた。胡桃沢は鬼島と同様に、裏社会の大物だ。  今になって声をかけられたのを察するに、自分と胡桃沢の昔の関係まで知ってると考えた方がいい。  どうも面倒な事になったようだ。  秋津は着ている服以外の私物の、全てが取り上げられている事に気が付くと、ため息を吐いた。  胡桃沢に鬼島について文句の一つでも言ってやりたいが、肝心のスマホを奪われていてそれも叶わない。  秋津は表情には出さないが、心の中で項垂れる。鬼島の持つ組織の大きさを考えるに、寝ている間に既に何かしらの弱みを握られているだろう。 「チッ、クソが」  忌々しくも、悪態をついた己に返ってくる言葉はない。  秋津はドレッサーの椅子に掛かっていた、スーツのジャケットを引っ掴むと、出口に向かって歩いてゆく。  メインルームと思しき部屋についている大きな窓からは、晴れ渡った空と健康的な町中が見渡せる。  まるで、不自由な秋津への当て付けなのか、酷く自由な青い空だ。 「気にいってくれたか?」 「俺をどうするつもりだ」  窓の外を見ていた秋津に、背後からやって来た鬼島が声をかけた。その感情の読めない言葉を躱し、秋津は鬼島の意図を探る。 「要件は前に言った通りだ、お前に胡桃沢の暗殺を依頼する。拒否権はない」 「暗殺、ね……俺はただのダンべだ。裏の人間に金を貸すが、人を殺す趣味はねぇ」 「意外だなァ? 滝中に聞く限り、人を貶める事が大好きだと聞いていたんだが」 「お前みたいな奴が、泣き面晒してンのを嗤うのは好きだがな」  秋津の嫌味にも効いた様子はなく、鬼島は笑みを浮かべるばかりだ。 「人殺しはしない」 「なら、胡桃沢の情報を吐け。アイツの本宅と根城の事務所、そしてあの男への資金援助を止めろ」 「……理由をいえ」  鬼島は三年前の事件の事、この裏社会を一つに纏める旨を秋津に話す。それ故に、鬼島自ら秋津へ会いに来た事も。 「フン、俺にメリットがねぇ。大体、胡桃沢の本宅や事務所なんざ、胡桃沢の組織の幹部を取っ捕まえて聞けばいいだろ。俺がこの件に介入する必要性が無い」 「……お前が、それを言うのか。胡桃沢の元イロ(・・・・・・・)である、お前が」  鬼島の言葉に、秋津の全身の毛が逆立つ。そして反射的に鬼島の胸倉を掴み、締め上げた。   「二度とその事を俺の前で口にするな……!」 「お前こそ、調子に乗り過ぎだ。何度も言わせるんじゃねェ。お前に拒否権はないと、言ってるだろうが」 「う、ぐッ」  秋津は鬼島により壁に追い込まれ、首を締められる。先程までの余裕を感じさせる表情は無くなり、ただ無慈悲に秋津を苦しめる為だけに、首に掛けた右手へ力を込めた。  面倒な問答も、腹の探り合いも飽きたと言わんばかりだ。 「ぐ、はッ、く、そ……がッ」 「抵抗するか」 「ぐ、ッ、あ、がッ」  秋津は必死に首元の手を引き剥がそうともがく。しかし人を苦しめ慣れた男の指は、器用に秋津の気管を押し潰した。  こんな男に殺されてたまるか。利用され、不自由なまま。  秋津はもはや、気力だけで意識を飛ばさぬよう、もがいていた。 「情報提供、および資金援助の件に頷くと言うなら止めてやる」 「あ、が、ッ」  言葉を発しようとする秋津に、鬼島がその手を緩める。  突然、気管が開放されて、不足していた酸素が一気に肺へと押し寄せた。秋津は激しく咳き込み、隙なく鬼島を睨み付ける。 「ゴホッゴホッ、は、ッ……く」 「返事は?」  肩で息をする秋津に、底意地の悪い顔で鬼島が問う。だが、その瞳にはなんの慈悲もない。 「ハッ、誰がテメェにつくか。生憎だが俺は、死ぬのは恐れてねぇんだよ」 「……なら、お前が納得するまで、徹底的に貶めてやる 」 「あ? ……ッう!?」  鬼島の顔からスっと感情が抜け落ち、秋津の髪を掴んで引き摺って行く。生理的な痛みに顔を顰めながら、秋津は全力で抵抗する。  しかしその抵抗も虚しく、先程まで自分が眠っていたベッドへ叩き付けられた。 「おい……っ」 「何も服従させるには、痛みだけじゃねェ」  鬼島は秋津の髪を再び掴み、どこからか取り出した拳銃を額に突き付ける。やけに大きく、金属の冷たい音が部屋に響いた気がした。  秋津はゴクリと息をのむ。 「じっくり、いたぶってやるよ」 「っ、く」  いいながら、拳銃の先で秋津の唇を割り開き、赤く熟れたその舌を引きずり出す。  金属か、火薬か。  苦味が口に広がってゆく。  秋津はせめてもの抵抗に、口内へ侵入してきた銃口に噛み付いた。  ガッっと、嫌な音が頭に響くが、気にする事なく鬼島を睨み付ける。  しかし、仕置きをするように、鬼島に思い切り髪を引っ張られ、反射的に噛む力を弱めてしまった。  そして、銃口を喉の奥へと押し進められてしまう。  秋津は嘔吐反射に身体を怯ませ身を引く。だが、鬼島はそれを許すこと無く、喉の奥へと銃を突き入れ続ける。  カチャカチャと、銃が扁桃にあたり嘔吐(えず)く秋津を、鬼島は冷たい視線で嘲笑っていた。 「ぉ、えッ、ぁう!」  生理的な涙を流しながら、力の入らない手で、秋津は鬼島の腕を掴む。それに抵抗の意志がある事を察し、鬼島は秋津をベッドへ叩き付けた。  拳銃を放り投げ、本気で抵抗する秋津の頬を殴りとばす。 「ぐ、はッ……くそっ」 「さっさと折れちまえよ。ここでお前が情報を吐いても、動くのは俺たちだ」 「外道が……ッ」 「そうだな、お前と同じだ」  ぶたれた頬がジンジンと痛む。口の中に広がる血の味が、秋津を冷静にさせていた。  ここでこの男に従ってしまったら、この事をダシにその後も色々と揺すられる。  拒否権がないと言われ、はい分かりましたと従った時から、秋津は鬼島の駒となってしまう。  権力も、財力も、名声も。  何一つとして、秋津は鬼島に叶わない。  やっと、クソみたいな所から自由になれたのに。鳥籠に囚われたドブネズミには、もう戻りたくない。  秋津は、過去の消し去ってしまいたい思い出がフラッシュバックし、全力で抵抗する。押さえ付けられる身体を捩り、殴られるのも気にしない。 「チっ、手間かけさせやがって」 「ぐッ、は 」  抵抗する秋津を何度も殴りつけ、身体に力が入らなくなった頃。鬼島は髪の毛を掴み、顔を上げさせる。 「ハハハ、服従しねェってか? いいぜ、お前を檻にでも閉じ込めて、店で見世物よろしく晒してやろうか? 一つの自由なく、くたばるまで」 「ッ、そ、れは……」  不自由。  それは秋津が最も嫌うこと。過去を思い出し、絶対に戻りたくないと喚き散らす程に嫌なもの。  ここにきて数十分に及ぶ抵抗の疲れと、痛みが秋津の心を揺らがせる。  何より、鬼島のただの脅しと取れない言葉。秋津は初めて、恐怖によって身が竦んでしまった。  自由がない生活は嫌だ、と。  抵抗の手が止まった秋津に、鬼島は勝機だとほくそ笑む。証拠に秋津の顔は青ざめ、血の気が引いていた。 「別に店に晒さずとも、檻に入れて人身売買のオークションへ懸けてもいい。なんにせよ、俺はお前が情報を吐くまで、檻の中で飼い殺し続けるだけだ」 「やめッ……がッ、あ!」  殴られ、口の中が苦くなる。鬼島の目には、なんの慈悲がない。 「それが嫌なら、とっとと胡桃沢の情報を吐け」 「……ッ」  確実に脅しが効いてる、鬼島が秋津の表情を見て察する。しかし、これ以上暴力を加えたとしても、話は平行線のままなのも理解していた。  この男は意思が強く、鋼のように硬い。 「チッ、キリがねェな? 一つ要求を飲んでやる。代わりに情報をよこせ」  秋津を掴んでいた手を離し、鬼島は上から目線で促す。  解放され、回らぬ頭で考えを振り絞る秋津。今すぐにこの男を殺してやりたいと、冗談でなく本気で思っていた。  しかし、情報を渡すから代わりに死んでくれなど、そんな馬鹿げた要求が通るワケがない。 「俺を……今後、お前の駒として使わないと契約をしろ」  秋津の要求に笑みを深めた鬼島は、わざとらしく天井を仰ぐ。その目は笑っており、嫌な予感が秋津を擽った。 「おっと、言い忘れていた。お前が、俺のモノをしゃぶるんなら、要求を聞こうか?」  と、プライドの高い秋津を試すように、後付けしてきた。  嫌な予感は見事に的中した。
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