二章:空へ送る恋文

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ある夏の日。 君は僕と手をつなぐのを申し訳なさそうに断った。 家まで送ろうとしたけれど、その日も断られてしまったのだ。 「ごめんなさい、私。私あなたに何もしてあげられていない」 「いらないよ、君に何かをしてほしいわけじゃないから」 その時の彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。 僕が意気地なしだから、君にそんな顔をさせてしまうんだ。 勇気があれば、許嫁に面と向かって彼女をくださいと言えるのに。 彼女の両親に交渉だって出来るのに。 あぁ、僕はなんて無力なんだろうな。 「ねえマナ、僕のことは好き?」 「そんなの……ここで言えたものではないわ」 彼女の家がおそらく近づいてきた。 この次の信号を渡ったら僕たちの分かれる場所に着く。 「そうだよね」 僕はその時うつむいて、ふと立ち止まった。 「あのさ、マナ…」 本当は、ここで彼女に伝えるつもりだった。 でも、彼女は立ち止まらなかった。 僕の声なんて聞こえてないみたいに、青信号の横断歩道に足を踏み入れ、そしてこちらを振り向いた。 その瞳には光がなくて、僕は違和感を強く感じた。 瞬間、トラックがものすごい勢いで横断歩道に近づく。 マナは、それにも関わらずその場を動こうとしない。 「マナ!!」 反射的に体が動いたんだ。 考える暇などなかった。 彼女の手を強く引いて、思いっきり後ろに突き飛ばす。 尻もちをついた彼女は、そこで初めてトラックに気が付いたように見えた。 その顔に浮かぶ涙を一瞬視界の端にとらえて――――。 僕の意識はそこで途切れた。 本当は、言おうと思っていた。 『別れてほしい。僕のことなんて忘れて、幸せになってほしい』と。 マナのことが好きだった。 でも、両親と僕の間で悩み、苦しむ彼女を見ることに耐えられなくなった。 自分のことなどどうでもいい。 彼女が笑っていてくれたらそれでいい。 マナが幸せなら、僕はどうなってもいい。 これが、僕が人生で二度目に、そして最後に勇気を出した出来事だった。 気づけば天国で現世の様子を見ていた。 マナの苦しそうな表情を見て、自分の判断は果たして正しかったのかと不安になった。声は聞こえないけれど、今の彼女は幸せそうには見えない。 どこで間違えたんだろう。 どうしたらマナを笑顔に出来るんだろう。 無力感にさいなまれながら、何も考えずに過ごす日が続き、現世さえも見なくなってきたある日、偶然彼女が手紙をしたためる様子を視界の端に捉えた。 その絶望に歪んだその表情に、ほんの少しの希望が混じっていたから。 もう見られないと思っていた微笑みを感じたから。 あの日のことは、今も忘れられないんだ。
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