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一章:夢現な世界へ
「ど、どういうことなの?」
私は確かに人間だった。
人生に飽き飽きして、自分なんてこの世から消えてしまえばいいと願っていた。新しい世界に生きたいと、願い続けていた。
だが、今の私の姿はおそらく文鳥だ。
意味が分からず混乱していると、不意に声を掛けられる。
「ねえ、貴方」
「あなたは…人間?」
「貴方もね」
突然現れたこの女性は、鳥である私の言葉が分かるようだった。
「私は花寧。貴方の名前は?」
「小桃ふみ。人間のときは…ですが。というか、どちら様ですか?」
「今の名前、私がつけてあげるわ」
彼女は私を無視して続ける。
「貴方の名前はルピナス。今日からルピナスね」
「は、はぁ」
その名前の意味は分からないし、彼女が誰かもわからない。
しかし、ルピナスという言葉の響きが、どこか懐かしく、私につかの間のぬくもりと安心をくれたのは間違いない。
「あの、花寧さん…。あなたは何者なんでしょう?」
私はぱたぱたと飛び上がり、彼女の肩に留まりながら言った。
「私は、夢現郵便局で働いているの」
「ゆめうつつってなんですか?」
「現実と空想の世界を繋ぐ郵便局よ」
説明を聞けば聞くほど混乱する。
彼女はいったい何を言っているのだろうか。
「えと、私を鳥にしたのは花寧さんなの?」
肯定とも否定ともとれる曖昧な笑みを浮かべられて、私はますます謎に陥ってしまった。彼女は私を肩に乗せたまま、窓から外に飛び出した。
「え!ここは二階ですよ?!」
「平気よ、夢現郵便局までここから飛ぶわ」
質問をする暇もなく、私と花寧さんは現世を飛び出した。
視界いっぱいに桜の花びらが舞い、景色は見慣れない街並みへと移り変わった。やがて何もかもが見えなくなり、気が付くと目の前には見知らぬ郵便局とポストがあった。
思わず感嘆のため息をつく。薄桃色のポストには、美しい桜の紋章が彫り込まれ、ホログラムのように輝きを放っていた。
見上げると『夢現郵便局』と書かれた看板が目に入る。
さびれた文字の下に浮かぶ新しく美しい文字。
『誰にでも、どこにでも、想い届ける郵便局』
ほんの少し、状況を理解した。
羽を広げれば、ここから逃げ出すことは難しくない。
でも……この場所について調べてから、現世に戻っても遅くはないかな。
そんな風に言い訳をして、私はこの夢現な世界に居座ることを決めたのだった。
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