二章:空へ送る恋文

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マナさんの過去が頭に流れ込んできた後。 私はしばし思考停止状態に陥っていた。 思ったより内容が重い。 しかしペンダントはそれについてゆっくり考える暇も与えずに、創さんの過去を映し出した。 彼女に一目あった時から、惹かれていた。 大学生になり、新たな生活をスタートさせたのは良いものの、自分は人見知りで誰かに話しかける事なんて出来ないでいた。 そんな時、友人に囲まれる彼女と出会ったのだ。 マナは、いつもどんな時も人に囲まれていて(僕からしたら羨ましい限りだが)なんだかいつも疲れているように見えた。 それがどうしても見過ごせなくて、生まれて初めて勇気を出したんだ。 「あの、大丈夫ですか?」 「え…とあなたは確か山野君?」 「うん、山野創。創って呼んで。新倉さん」 そう呼んだ瞬間、彼女はいつもの疲れたような、もううんざりだというような表情をした。多分、意識的ではないだろうけど、僕は昔から人の感情を読み取るのが得意だったから、すぐに気づいた。 「その苗字は好きではないの。マナと呼んでくださいますか?」 「うん、マナさん」 「……新倉に(こだわ)らないのですか?創君は」 「なんで?僕はマナさんって呼ぶほうが好きだよ」 僕が答えた瞬間、マナさんの表情が変わる。 信じられないという驚きと、心からの喜び。 半々で混ざったようなその感情が僕にとっては新鮮だった。 彼女と出会って、素直になれた。勇気を出せたんだ。 自分から告白して、了承してもらえた時は天にも昇る想いだった。 そのころまでは本当に、彼女の周りにいる人を友人だと思い込んでいた。 彼女の正体も知らなかった。 違和感を覚えたのは、付き合い始めて彼女の友人と実際に会うようになってからだ。 「新倉さん」「新倉」「新倉ちゃん」 彼女の周りにいる人は、なぜだかマナという名を呼ばない。 初対面の僕にさえ、マナと呼んでと伝えた彼女が、友人にそれを伝えないはずがない。 もしそうなら…わざとか? 確かあの時、苗字呼びをすぐにやめた僕に、マナは驚いていた。 あれはまさか、周りに人間がそうしてくれなかったからなのだろうか。 「マナ、今日は――」 「創、今日は送ってもらわなくて大丈夫。先に帰らせてもらいます」 彼女に覚えたもう一つの違和感は、やたらと家に近づけてくれないところだ。いつも一緒に帰るのは近所の公園まで。彼女の家がどこにあるのかも、俺は知らなかった。流石に、何かがおかしいとその時にはもうわかっていただろう。 それでも、言いたくなかった。 僕は卑怯者だ。ずるいやつだとつくづく思う。 それでも、本当のことを伝えたらこの関係も終わってしまう気がしていたから。 本当は、少し前から気づいていた。 君の家のこと。許嫁のこと。俺と付き合うことは反対されていたんだろう。 だから彼女は僕に対して「好き」と言ったことはない。 どこかで家の者が聞き耳を立てているかもしれないからだろう? 相手に伝わることを、優しい君なら絶対に許さないから。 君からの言葉を貰えなくても、それでもよかったんだ。 僕はマナだけを愛していたから。
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