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「お前が作ってくれたゆで卵食べてる」
「ゆで卵?」
二人掛けのダイニングテーブル、香川の正面の椅子に座るなり丼と香川の顔を見比べもう一度同じ台詞を三田村は口に出す。
「何、食べてるの?」
「………ゆで卵丼……」
急に恥ずかしくなって小声になる。
美味しいけど、見た目よくないし、ゆで卵潰しただけの丼だし、なにそれって思っているのかもしれない。
三田村は自分の料理を貶したりはしないだろうが、手料理以外を食べさせたくないのか、コンビニ弁当でもいい顔をしない。
香川の腹を自分の手料理だけで満たそうとしているところがある。それはちょっと怖いと、香川は思っているが文句を言ったことはなかった。
「えー……おいしい?」
「うん」
「……お腹空いたなら起こしてくれたらよかったのに、何か作ったし……」
「別にがっつり食べたい訳じゃなかったし……ちょっと小腹が減っただけだし……ゆで卵あったからご飯と食べてるだけ……」
「……起こしてくれたらよかったのに……」
「起こす程じゃないだろ……」
「……」
三田村はじっと見つめてくる。何だか寂しそうな顔をしているが面倒なので無視する。
丼の中にはあと数口分。口の中に入れて咀嚼していると、視線が口元に向けられる。気にはなるが、これが大学生の時から6年も続けばいい加減慣れる。
「おいしかった?」
「うん」
「オレが作ったのとどっちがおいしい?」
「……お前が作ったやつだよ」
「なら起こせばよかったのに〜!!!」
「嫌だよ、何で寝てるやつ起こしてまで作らせるとか……自分で出来るし」
「……出来るの知ってるけど、つか、ゆで卵丼か、ベーコンの上にゆで卵?」
「うん」
「……じゃあ今度オレもそれ作ろうかな」
「……うん」
悔しいけど絶対三田村が作った方が美味いだろう。
香川の表情を見た三田村はやっと口元に笑みを浮かべた。
「起こせばよかったのに」
「しつこいな、ほんと……」
悔しかったのは一瞬で、もう今は黄身がとろっとした半熟卵ののったゆで卵丼を作ってくれるのが楽しみになっている。そんなのも見透かされているようで、やはり少しだけ悔しい。
香川は立ち上がると、丼などをシンクに入れた。
洗ってしまった方がいいだろうかと思っていると、背後から話しかけられた。
「お腹もう空いてない?」
「うん」
「オレはお前が食べてるとこ見てたら、お腹空いてきた」
「何か食べる?」
「そうしたいな」
後から伸びてきた腕に羽交い締めされる。力は弱いが長い腕が容易に外れないことは身を持って知っている。
「お腹空いた」
「……オレはお前の食料じゃないぞ」
「食べごろじゃない?」
「おい、腹をさするな……」
笑いながら香川の腹を擦る三田村の手の甲を軽く抓るが効果はないようだ。
「空腹は最高のスパイスって言うじゃん?」
「知らんし……」
首筋に息がかかる。見なくてもどんな顔をしているのか分かる。お腹空いた、なんて可愛く言っているけど飢えた肉食獣みたいな顔で背後に立っているに違いない。
「空腹じゃなくても香川は最高に美味しいんだけど」
「!!」
かぷりと首を甘噛される。
おい、ここでかよ?と思ったけど、食べるというならダイニングで間違ってはいない。
だけど。
「三田村……」
「まだ味見、いただきますはベッドに行ってからね」
「……美味しくないと思うけど……」
「自分じゃわからないでしょ、食べたことないんだから」
ほら行こう、というように絡んでいた手は離れ背中を軽く押された。隣に立つ三田村はもう飢えた肉食獣ではなく、優しい恋人の顔をしている。
「召し上がれ、何て言わないからな」
美味しいかはわからないが、食べられる喜びを知らない訳ではないから。
そんな事、悔しいから言わないけど。
「お腹空いたな」
ご馳走を前にした子供みたいな顔で三田村は笑った。
完
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