1.二度目は好きにならない

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 颯は意識を取り戻す。  自分の身体がどうなったのかわからない。あちこちにぶつかって、頭を強打し一時的に気を失ったみたいだ。  気がついたら階段の下に倒れていて、頭をぶつけたせいか、ガンガンとひどい頭痛がする。 「——いじょうぶですかっ?」  誰かが颯の身体に触れ、具合を確かめている。 「大丈夫ですかっ? 意識は……怪我は……っ」  うっすらと目を開けると、目の前には美麗なダークブラウンの瞳を曇らせた諒大の心配そうな顔がある。  そして差し伸べられた諒大の大きな手。  空は澄み切った青空で、頭上からは眩しいくらいの陽の光が注がれる。  この場面には既視感(デジャヴ)がある。  初めて諒大と出会った瞬間に酷似している。 (あれ……?)  さっきまでは夜だったはずだ。それが今は昼間になっている。  それに、諒大の髪型が違う。諒大は、最近は襟足のすっきりした短い前髪のソフトツーブロックにしていたのに、目の前にいる諒大は付き合う以前のセンター分けの髪型をしている。 「俺が見えますかっ? 言葉を発することはできますかっ? ご自身の名前は?」  諒大の言っていることが、記憶の中にある初めて諒大に会った時のセリフとまったく同じだ。 「な、なせ、はや……と……」 「七瀬颯さんですね! よかった、意識はあるみたいで……」  これはいったいどういうことなのだろう。このやり取りを、三ヶ月ほど前、ちょうどこの場所で諒大と交わしたことがある。 「俺は西宮諒大です。七瀬さんは頭を強くぶつけていました。ですから病院で診てもらったほうがいい。救急車、呼びましょう!」 「えっ……! だ、大丈夫ですっ」  階段から転げ落ちたくらいで救急車だなんて大袈裟だ。 「いいえ、よくありませんっ」  やっぱり同じだ。  諒大に出会ったときと何もかもが同じ。  颯は確認のために目の前に落ちていたスマホを拾う。その日付は三月二十五日となっていて、カレンダーアプリが指し示している年を見ても間違いなく三ヶ月前だ。  諒大に出会ったのがまさに三月二十五日。やっと見つけたアルバイトの初日だったのに、眩暈を起こして階段で転げ落ち、諒大に助けてもらったのがきっかけだ。  つまりこれは、三ヶ月もの時を巻き戻っていることになる。 (信じられない! こんなことが起きるなんて!)  諒大にプロポーズをなかったことにしてほしいと言われたとき、諒大と付き合う前に時を巻き戻すことができたなら、最初から好きになんてならないと思っていた。運命の番の諒大と決別しようと思っていた。  その思いが、時の神様にでも通じたのだろうか。
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