1.二度目は好きにならない

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 困ったことになった。  精密検査の結果は特に異常なし、打撲やすり傷はあるが、軽い処置で済んだ。  それはいい。怪我のほうはいい。  問題は諒大だ。 「きょ、今日はありがとうございました。あの、病院まで付き添ってくださり、帰りまで送ってくれて……」 「当然です。俺はもうあなたから離れる気はありませんから」  病院からの帰り道、諒大の秘書・猪戸が車で迎えに来ていて、なんとなく颯もその車に乗せられた。  その車内での、諒大からの圧がすごい。横に座る諒大は、颯に遠慮なしに視線を送ってくる。こんなにガン見されたら恥ずかしくてたまらない。 「そ、そんなに珍しいですか……?」 「はい。いくら見てても見飽きないです。まばたきひとつとっても可愛くて仕方がない」 「ま、まばたき……」  まばたきを褒められたのは、颯の人生初の出来事だ。 「綺麗です。ナチュラルな黒い髪も好印象なんですが、ほっそりとした輪郭もオメガらしくて素敵です」 「え……」  髪の毛はお金がないから何もできないだけで、好きでナチュラルにしているわけではない。輪郭が細いのもまともに食事を食べられないからだ。 「あれ? 僕、オメガって言いましたっけ?」  諒大とバース性の話は、していないはずだ。巻き戻り前は運命を感じて諒大とバース性を打ち明け合うことをした覚えがあるが、巻き戻り後はそんなことはしていないのに。 「あっ、すみません……見た目からてっきりオメガかと……ちなみに俺はアルファです。ぱっと見でアルファだと人からよく指摘されます」 「そう、ですか……」  たしかに諒大はどう見てもアルファにしか見えない。こんなに長身でかっこよくてベータやオメガだと言われたらびっくりする。  同じように貧相な颯も、薄幸オメガっぽい匂いを醸し出しているのだろうか。だとしたらすごくショックだ。 「目が綺麗です。形も綺麗ですが、瞳が潤んでいるのかキラキラしています」  それは、すぐに涙が出てしまう体質のせいだ。人と話すだけで焦ってしまい、すぐ涙目になる。  もっと自然に話ができるようになりたいのに、二十九年間も生きてきてコミュニケーションは苦手なままなのだから、一生コミュ障のままだと思う。 「最高の眺めです」  諒大は幸せそうに微笑む。  諒大は何を考えているのだろう。こんな地味オメガを眺めていたって面白くもなんともないだろうに。  さすがは運命の番だ。諒大の脳内では『運命の番補正』が入っていて、颯がなぜか可愛く映っているのかもしれない。 「あの、俺から重大な頼みがあるのですが」 「は、はいっ」 「今後は下の名前で呼んでもいいですか?」 「えっ!」  下の名前で呼ばれる。それは少し特別な関係のように感じる。  それを許してもいいのだろうか。 「颯さん」  諒大に名前を呼ばれてハッとする。諒大にその名前を呼んでもらえると、颯の心が躍る。 「ごめんなさい。俺、病院であなたの保険証を見てしまいました。年は俺より三つ上の二十九歳ですね。すごく若く見えますけど」 「童顔ですみません……」  こんな会話はなかった。そうだ。巻き戻り前はお互いがきちんと自己紹介をしたからだ。今回は、颯が諒大のことを聞きもしないから会話が進まず、諒大は保険証から颯の歳を知ることとなったのか。  それにしても、諒大に保険証を預けたのはほんの一瞬だったはず。それで颯の住所も覚えてしまったようで、さっき秘書に颯に確認もせずスラスラと颯の住所を伝えていた。アルファは一瞬で情報を記憶することができてしまうのかもしれない。 「颯さんも。今後は俺のことを下の名前で呼んでください。俺、諒大です。西宮諒大」 「諒大、さん……」  弱々しい声でその名前を呼ぶと、「ありがとうございます」と諒大が微笑んだ。  その笑顔についクラッとしそうになるが、颯は理性をかき集める。
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