お父さんとお花見に行きたくて

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お父さんとお花見に行きたくて

 その少女にとって、病院こそが全ての宇宙だった。 少女の名は「さくら」と言う。生まれつき心臓が弱く、小児科病棟のベッドで横になったまま一日の大半を過ごしている。ベッドから立ち上がるのは、定期検査と、院内学級への通学と、車椅子でのちょっとした散歩の時ぐらいである。  四月のある日、さくらは窓の外に見える桜の木を眺めていた。その目は憂いを含んだ悲しいものであった。 さくらの父・邦知(くにとも)は見舞いに訪れており、悲しげな顔をする娘に尋ねた。 「さくら、どうしたんだい?」 「昨日ね、小児科病棟の皆で病院のお庭でお花見をしたの」 「お父さんもお仕事が忙しくてなかなか病院に来られなくてなぁ。先生からお誘いを頂いたのだが、断ってしまった。すまない」  邦知の職業は大学教授である。文学部の古典学科を担当しており、最近は古文書の解読の第一人者として博物館や図書館から引っ張りだこで多忙を極めていた。 申し訳無さそうに謝罪を行う邦知をさくらは気遣い、ニコリと優しく微笑んだ。 「いいの、お父さんはお仕事忙しいのはわかってる。お父さんいなくても先生や看護師さんや院内学級のお友達と一緒だったから楽しかった」 お花見を楽しんでくれて嬉しいが、それはそれで悲しい…… 邦知は苦笑いを浮かべてしまった。 さくらは続けた。 「来年も、みんなでお花見したいなって。出来れば、お父さんも一緒にね?」 「ああ、出来るとも。そうだ! 明日にでも行こう! 今すぐだっていいぞ?」 しかし、さくらは首を横に振った。すると、担当医が邦知に声をかけた。 「今日のさくらさんは微熱がありまして、今からと言うのは医師として承知しかねます。本当は面会の方もご遠慮頂きたかったのですが、さくらさんがどうしてもと言うので会うだけならと思いまして」 さくらは申し訳無さそうに俯いた。 「多分だけど、久々にお外に出てはしゃいじゃったからだと思う。ホント、ダメダメな体だよね…… あたし」 「さくら、すまない」 「いいの。気にしないで」 「わかった。明日は絶対に来るからね? その時にお父さんが車椅子を押してあげよう」 「うん。待ってる、お父さんと一緒にお花見するの楽しみ」
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