カタクリとエゾエンゴサク

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カタクリとエゾエンゴサク

「本州の連中は、春の花と言えば梅、桃、桜だろう。ところが北国では桜はグッとあとになる。黄金を連想させる福寿草、白き(ほむら)の水芭蕉、水辺の陽だまりの谷地蕗(ヤチブキ)、そしてこれ――物憂げな哲学者こと赤紫の片栗(カタクリ)と青い貴婦人こと蝦夷延胡索(エゾエンゴサク)だ!」  保坂先輩に連行された2度目の花見は、大学から車で1時間近く北上した神社の境内だった。 「わぁ、素敵!」  水芭蕉のときほどの広さはないが、木々の間を埋めるように広がる赤紫と青の2種類の花が織り成す絨毯は、若葉の新緑とも混じり合って美しかった。到着直前に止んだ春の雨が差し込む光に反射して、さながらエメラルドの中にアメジストとアクアマリンを散りばめたモザイク画のようだ。 「清海君も、見下ろす花見の醍醐味が分かってきたみたいだな」 「それは分かりませんけど、これが綺麗だということは認めます」 「そうか、そうか。清海君の成長は、僕も嬉しい限りだ」  独り悦に入っている保坂先輩は放っておいて、しばらくの間、私はスマホで花々の撮影を続けた。ここは観光地として有名な場所らしく、私たちの他にも家族連れやカップルが訪れていて、あちこちからスマホのシャッター音が聞こえた。 「先輩、一緒に写しませんか?」  一息ついて振り返ると、保坂先輩は「ここより先に入らないでください」と書かれた看板の前で仁王立ちしている。その姿が木立の中でさえも浮いていたので……つい声をかけてしまった。 「うん? 清海君は、僕と写りたいのか。ならば仕方あるまい」  なんて口では言いながら、眼鏡の奥の瞳が分かりやすく泳いでいる。前回の水芭蕉のときの往復ドライブで分かったことだけど、保坂先輩は感情を表すのが苦手なのだ。相手の感情を煽ったり、逆撫でするのは得意なクセに、自分の感情が揺すぶられるのは酷く弱い。だからこそ、全ての感情を「冷静」という仮面の下に押し込んで、理論武装で相手がつけいる隙を作らせないのだ。妙に芝居がかった言い回しや、時代錯誤的なキャラクターも、彼の素の部分を守るための鎧兜なのだろう。 「はーい、画面を見てー、笑ってー」 「チーズ!」  カシャッ。 「なんですか、『チーズ』って?」 「ぬぅ。清海君は、かの有名な写真撮影の合言葉『チーズ』を知らんのか」 「多分、それ知ってるの、私のおばあちゃんくらいの世代ですよ」 「まぁ、いい。花見が済んだなら、この先の道の駅で当地の名物をいただこう」  良かった。今日は、生温いハムサンドじゃなかった。美味しいものが食べられそうだ。私は思わず笑顔になった。
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