男達の虚言

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『大事な話があるから、俺んちに来てくれないか?』 友人の佐藤から、このLINEが送られてきたのは今朝のことだった。 少し面倒に思ったが、気になったので俺は佐藤の家に行った。 「悪いな、わざわざ」 佐藤は俺を家に招き入れて、そう言った。 「全然いいよ。今日は何も用事なかったから気にしないで」 「おう」 「足立はもう来てるの?」 「ううん、でももう着くってLINEがきた」 「そうか」 足立も俺の友人の一人で、俺と佐藤と足立で遊ぶことが多い。 不意にインターフォンの呼び出し音が廊下に響き、佐藤は玄関へと引き返した。 (お、ちょうど足立も来たか) なんて思いながら、リビングの方へと歩いた。 十五分くらい三人で持ち寄ったお菓子を食べながら、他愛もない話をしていた時。 「さて、そろそろ俺がお前らを集めた理由について話してもいいか?」 いつもふざけている佐藤が、真剣な顔つきになり、俺たちの間に緊張感が走る。 俺と足立は一瞬顔を合わせて、佐藤に向き直り頷いた。 「LINEの方でも伝えていたが、今日お前らを集めたのは"大事な話"があるからなんだ」 そしてついに、佐藤は語り始めた。 「一年前の今日、俺はお前らに彼女が出来たと言ったよな?」 足立と相づちを打つと、佐藤は話を続ける。 「そしたらお前ら、『嘘つけ。お前みたいなしょぼくれ侍に彼女できる訳ないだろ。エイプリルフールだから嘘つきたくなったのか? にしてもセンスのねえ嘘だな。切腹だ切腹、切腹しろ』って、笑いながら包丁を渡してきたよな」 心に激痛が走る。 「……ごめんな。酔っていたとはいえ、酷いこと言って……」 「いいよ。しょぼくれ侍ってなんだよってなったけど、もう気にしてないよ」 佐藤は俺たちを許してくれた。 「信じないお前たちにデートの時の写真を見せたら、やっと信じて『おめでとう』って言われた時は嬉しかった。『今度、紹介しろよ』って言われた時も嬉しかった。でも……」 そこまで言って佐藤は下を向いた。 「どうした? 喧嘩でもしたのか?」 そしてぽつりと佐藤は言った。 「実はあの後、別れたんだよ」 「え? どうゆうこと?」 「だから、あの後に別れたんだよ」 「だってお前……、結婚間近かもしれないって言ってたじゃん」 「ふっ、びっくりだよな、まさかだったよ」 と、佐藤は悲しそうに笑った。 「LINEで『ごめんなさい、他に好きな人が出来ました。さようなら』って言われたよ。でも怒りとかはあまりなくて、ただただ悲しくてさ。こんなあっさり終わっちゃうんだって思ったら、涙出てきてさ」 そう言いながら、一年前のことを思い出したのか、佐藤の目に涙を浮かんだ。 「ずっと言えなくて、ごめんな」 「いやなんでお前が謝るんだよ」 「僕たちこそ気づけなくて、ごめん」 俺と足立がそう言うと、佐藤は溢れる前に涙を拭いてため息を吐く。 「決めた、もう俺は彼女なんて当分いらない。金の無駄だし」 「はははっ、"金の無駄"は言い過ぎだろ。まぁでもその方がいいかもな、お前は結構貢ぐタイプだから」 佐藤は少し照れながら「ほっとけ」と言って、立ち上がる。 「よしっ、ビール飲むか。お前らに話してやっと吹っ切れたし。お前らも飲むか?」 「うん、欲しい」 たまには午前中に酒を飲むのもありだなと思った。 「了解。足立は?」 佐藤の問いに足立は申し訳なさそうに答える。 「ごめん。僕、午後から用事があって飲めないんだ」 「そっか、悪いな俺たちだけ」 「いや全然、気にしないで飲んで」 佐藤は氷の入ったコップを二つ、缶ビール二つをテーブルに運んだあと。 「ちょっとトイレ」と行ってしまい、リビングには俺と足立の二人きりになった。 「用事って何?」 何気なく足立に訊ねてみた。 「ん? あぁ、デートだよ」 俺は驚いた。 なぜかとゆうと足立は、女とか興味ないって言うタイプの人間だったからだ。 「え⁉ お前いつの間に彼女なんか作ってたのかよ」 「うん、二年前から」 「二年前から⁉ なんだよ早く教えろよ~。で、どんな子なの?」 「佐藤の元カノだよ」 その言葉に俺の頭の中は真っ白になった。 「…………えぇ、ちょっと待って……、うーんと、それってどうゆうこと?」 「だから佐藤の元カノ……とゆうか元カノだって言ってる人が、僕の彼女」 (こいつは一体何を言ってるんだ)と思ってると、足立が自分のスマホの画面を見せてきた。 「っ……⁉」 画面に表示されている画像に、楽しそうに笑う足立と女性の姿が写っていた。 「驚いたろ?」 冷たい手で背中を撫でられたような感覚に、思わず身震いをしてしまう。 「……嘘だよね? これ何かのドッキリなんだろ? だってあいつ、"結婚間近"とか言ってたもんな? な?」 俺はエイプリルフールの嘘であって欲しかったが、足立はくちびるを噛んで俯いた。 「えぇ……、マジで……。え、その子が二股してたってこと?」 すると足立は即座に「違う」と言った。 「じゃあどうゆうことだよ?」 「簡単に言うと……俺の彼女は"レンカノ"なんだ」 「……レンカノ? レンカノって……あのレンカノ?」 「そう、レンタル彼女のレンカノ」 「つまり、足立の彼女がレンタル彼女をしてて、彼女をレンタルしたのが佐藤なのか?」 そう訪ねると、足立は落ち着いた口調で言った。 「そうだ」 「怖っ! え? あいつ、レンタル彼女と"結婚間近"って言ってたの?」 「そうだ」 「じゃあさっきのあれ! 『金の無駄』ってそうゆうこと⁉」 「そうゆうこと」 「いやなんでお前そんな冷静なの? 佐藤が彼女をレンタルしてるんだぞ? 普通、嫌だなぁとかなるだろ。だいたい彼女がレンタル彼女をしてるだけで嫌だろ?」 「だって僕、知ってたし」 「え? 公認なの?」 「公認とゆうか働かせた。お金ちょうだいって言ったら『ない』って言うから、じゃあレンタル彼女……」 「えっ、痛っ…………」 衝撃発言に心臓が跳ねて痛む。 「俺もう帰っていい? なんか調子悪くなってきた……」 「え? なんでだよ。せっかく三人で集まったのに」 「なんかもう怖いよ……、レンタル彼女と結婚間近って言っていた佐藤も、金欲しさに彼女をレンカノで働かせた足立も、それに従うみ……」 そう言いかけたところで、ドアが開き佐藤が顔を出した。 「お待たせ~」 「あ、佐藤。ごめん、調子悪くなったから帰るわ」 佐藤に本当のことは言えなかった。 「大丈夫か? 家まで送ろうか?」 「だ、大丈夫だよ」 佐藤は心配して言ってくれているんだろうが、一応傷心中なのにそれは申し訳なくなる。 「そうか……」 佐藤が寂しそうな顔をした。 「…………も、もうちょっとだけいようかな? まだ俺ビール飲んでないし」 「そうか!」 あからさまに明るい笑顔になった佐藤は、俺を元の位置に誘導してくれた。 そして先ほどと同様に他愛ない話をしたが、さっきよりも楽しめないのは、俺のとなりにいる足立のせいだ。 「俺さ、美華(みか)にたくさんプレゼントあげたんだよなぁ」 「へぇ、そうなんだ……」 もう帰りたいと思いながら、佐藤の話を受け流す。 「一番高かったのはソファで、十八万くらいしたかな?」 「え⁉ 高っ!」 と言いながら(レンタル彼女に十八万のプレゼントって、どんだけ入れ込んでたんだよ)と思ってることは、佐藤には言えない。 その時、俺のスマホがピコンッと音を立てる。 「ご、ごめん俺だ」 スマホを確認すると、音の正体は足立のLINEの通知音だった。 (なんだよ足立……、こんなときに) 送られてきたのは『それでいつも寝ている』とゆうメッセージと、ソファでくつろぐ足立の画像。 『ちなみに、これ撮ってくれたのも美華だよ』 (このサイコ野郎……! あ、そうだ) 俺はふとある考えを閃いた。 「俺もう耐えられねえよ!」 俺は大声でそう叫んだ。 「どうしたんだよ上杉……、急に大声を出して……」 驚いて萎縮している佐藤に、俺は言い放った。 「佐藤の元カノ、こいつと浮気したんだよ」 そう言って足立を指さすと、佐藤は「え……」と息まじりに言った。 「いや違う! 僕は……」 足立が言い切る前に、俺は被せるように言った。 「嘘つくな! さっき佐藤のこと散々馬鹿にしてただろ。"佐藤から美華を奪って、美華に佐藤から金を搾り取らせた。美華は脅せば何でも聞くんだよ"って、鼻で笑いながら!」 「言ってない……! そこまで言ってない!」 「うるせえ! 俺はお前とはもう友達を止める!」 そこまで言うと、佐藤は俺の話を信じたみたいだ。 「俺たち三人、大学から約五年間一緒にいたけど、もうそれも今日で終わりみたいだな! 」 そう言って佐藤は足立の頬を殴りあげた。 「うぅ……ちょっと待って、"誤解"だよ」 「いいや、"十回"は殴らせろ!」 もはや話が通じてるのか通じてないのか分からない二人を見たのを最後に、俺は佐藤の家から飛び出した。 玄関のドアを閉めて、自宅へと歩きながらLINEを開く。 『仕事終わったよ。いま家に向かってる』 そうメッセージを送ると、すぐさま返信が来て、『OK、私もいま足立くんの家を出た』と書かれていた。 可愛いらしい文字並びと、画面上部に表示されている"美華"とゆう名前に、自然と笑みがこぼれた。
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