第十一話

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第十一話

 「ただいま」  「おかえりー」  玄関からそのままリビングへ向かうと、空はソファに寝転んでテレビを観ていた。アナウンサーが一語一句言葉を区切り、ニュースを丁寧に読んいるのをぼんやり聞いている。  大きな身体を窮屈そうにソファに収めて寝転んでいる空は腕を伸ばし「んー」と甘えた声を出した。  こっちに来てと呼んでいる仕草に自然と頬が緩む。引き寄せられるまま腕を取り空の上に寝転ぶ。  「武田とのデートはどうだった?」  「だからご飯食べただけだって。空も来ればよかったのに」  「だって束縛したくないんだもん」  大人になろうと空なりに努力をしているのだろう。子供っぽい独占欲を隠そうとしている空が愛しい。  「早く空に会いたくて、急いで帰ってきたんだよ」  「……海人はどれだけ俺をメロメロにさせれば気が済むの」  唇に柔らかいものが押し当てられる。触れるだけのものが段々と深くなっていき、口腔に舌が滑り込んでくる。  くちゅくちゅとした水音と空の舌の動きに思考が鈍くなってきたが、一方で冷静な自分がいた。  壁にかかっている時計をみると母親がもうすぐパートから帰ってくる時間だった。さすがにこのままではまずい。  「空……母さん帰ってくるよ」  「もうちょっと」  「あっ、だめんん」  空の手が海人のシャツの隙間から入ってくる。腰骨から上へと辿り、終着点の赤い尖りを掠められると一気に体温が上がった。  「海人はここ弱いね。もう固くなってるよ」  甘い声はわずかな理性すら奪っていく。あと少しだけと悪魔の囁きに耳を傾け、空の首に腕を回した。  空の唇が首筋に降りて皮膚に歯を立て、唾液と歯形がうっすら残ると満足そうに笑った。  「海人は全部俺のものだよ」  「俺も空につけたい」  「いいよ」  空は海人が噛みやすいように首を晒し、柔らかい肌を甘く噛んだ。空の白い肌に自分の歯形が残ると征服感に胸が躍った。  「これで空も俺のものだ」  「海人も俺のだよ?」  「うん。俺たちは二人のものだね」  ボタンを外され胸板が露わになった。筋肉もないただ薄っぺらい身体なのに空の表情から興奮していることがわかる。  空は舌舐めずりをした。  「海人の身体ってエロ過ぎる」  「空の方がエロいよ」  「でも俺は自分の身体に欲情しないけど」  「俺だってしない」  額を合わせてくすりと笑う。  「……きて、空」  「そんなこと言われたら歯止め効かなくなる」  焦らすような遅さで空の唇が降りてくる。  空の体温と海人の体温が絡み合って高まっていく。頭の中は空のことで満たされていた。  どさりと何かが落ちる音がリビングに響く。  「あなたたち何やってるの!」  はっと二人で顔を上げると顔面蒼白の母親が立っていた。床には仕事用のトートバックが落ちている。  「あっ……」  咄嗟にシャツの前を合わせたが、それすら事の重大さを表しているようだった。  体温が急速に冷えていき海人の身体は小刻みに震えた。  「何をしていたの?」  母親の声が震え、泣いているのか怒っているのかわからない。只ならぬ悲壮感で部屋の空気が染まる。海人は顔を上げることができず、フローリングの木目に視線を落とした。  「母さん、大事な話があるんだ」  空だけが落ちている声音で母親に呼びかけた。海人の肩に腕を回しぐっと引き寄せられる。  「俺は海人を愛しているんだ」  「何を……言ってるの?あなたたちは兄弟よ」  「兄弟で愛し合うのは可笑しいって分かってる。でもこの気持ちに嘘を吐けない」  肩に置かれた手に力が込められる。空を見上げると真剣な眼差しで母親を見据えていた。  「莫迦なこと言わないで!」  ぴしゃりとした激高が部屋に響き渡る。空気までも割れたように静まり返った。  「空が何を言ってるのか、理解できないわ」  「何度だって言うよ。俺は海人を」  「聞きたくない!」  母親は耳を両手で塞ぎ床に座り込んだ。小さな嗚咽を漏らし床にぽたぽたと涙が溜まる。  「母さん……」  絞り出すように海人は母親を呼んだ。  母親はいつも笑顔が耐えない人だった。怒るところや泣いているところなんてみたことなく、常に二人を見守ってくれていた。でもその母親を悲しませているのは自分たちだ。  胸を抉るような痛みが心臓から血が吹き出す。  結んだ紐が解けるときがきてしまった。床で丸くなって叫ぶ母親を見下ろすと、やっと現実がみえてきた。  母親は床に頭をつけて大声で喚いた。  「あなたたちを育てたのはこんな事にするためじゃない」「どうして。私の育て方が間違っていたの?」「なんであなたたちが」  叫び続ける母親の声に耳を傾け、何度も謝った。「ごめんね」「ごめんなさい」「でも俺たちは愛し合ってるんだ」「ごめんね」  どんなに言葉を尽くしても母親の泣き声は止まらない。  肩に置かれた空の手が温かく、海人の頬に一筋の涙が伝った。
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