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「あの、すみません……このような場に私がいて」
「あら、どうして謝るの?」
「……私が葉月さんのご両親の立場だったら複雑な気持ちになるから、です」
先程惑ったのも、そう。
自分の娘が亡くなって、年月が経ったとはいえ、その恋人が他の異性を連れている。
それを見て、どう思うだろう。
無神経だとか図々しいとか、思ってしまうかもしれない。
そう思うと、堂々と目を合わせられない。
「複雑だなんてとんでもない。
正直、安心してる気持ちでいっぱい」
けれど、その口からこぼされた言葉は予想とは違うものだった。
「安、心……?」
「えぇ。私も主人も、一至くんのことがずっと気がかりだったから」
お母さんが「ね」と隣を見ると、お父さんも頷く。
「彼は、毎年この日は欠かさずお墓参りに来てくれるんだよ。
午後にこうして来るとすでにお墓が綺麗にされていて、花が供えてあるんだ」
それは櫻井先生がこの日のことを忘れることなく、大切にしている証拠なのだろう。
「顔を合わせたのは本当に久しぶりなんだが……何年か前の命日に、丁度帰ろうとしていた彼を見かけたことがあったんだ。
けどその時の彼は、声もかけられないくらい暗い瞳をしていてね」
「葉月が亡くなった時も彼が一番憔悴していたから心配ではあったんだけど……。
あれから結構な年数を経てもまだあんな顔をしているなんて、思わなかったわ」
暗い、瞳。
きっと葉月さんのお墓の前で彼女のことを思い出しては、また悔やんで悲しくなって、でも彼のことだから泣くことなく想いを殺していたんだろう。
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