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「そんな彼が、今日は穏やかな顔であそこにいた。あなたのおかげね」
「い、いえ、そんな大層なものでは……」
「ううん、大きなことよ。
あなたが一至くんといることは、私たちにとっても意味があることなの」
私が先生といることは、意味があること。
その言葉を素直に受け止めていいものか、戸惑う私にふたりは笑顔のまま。
「私たちはきっと、この先も葉月を思い出して立ち止まる。大事なひとり娘だもの、あの子を思わない日はないわ」
そうだ。ふたりも、櫻井先生同様に傷つき苦しんできたんだ。
その苦しみは今の私なんかじゃ想像つかないほど、つらく悲しいものだっただろう。
けれどその痛みを抱えながらも、お母さんは優しい声で言った。
「けど、彼はそれじゃ駄目」
「あぁ。彼は私たち以上に自分を責めて、苦しんで……若い時間を無駄にしてしまった。
でも一至くんはまだまだ若い。これから先、誰と歩くのも自由だし、縁あって家庭を持つ未来がある。それを諦めないでほしい」
「だから、葉月のことは覚えていてくれるだけで充分。
葉月のことを、今までずっと大切に想ってくれていた。だからこそ彼には幸せになってほしい。
きっと葉月もそう願ってる」
悲しみ、苦しみの中。
互いを想って願って、それぞれに気持ちを抱き今を生きている。
なんて、あたたかい世界なんだろう。
人と人とのつながり、なんてありきたりな言葉でしか表せないけれど。
それが胸の奥をじんわりとあたためてくれた。
「だから、一至くんをよろしくね。
葉月の代わりなんかじゃなく、あかりさんらしく」
「……はい……」
願うように託された。その想いに涙は抑えきれず、頬を伝ってこぼれた。
私に、なにができるかなんて分からない。
これからどんな未来が待っているかすらも、分からない。
だけど、自分にできる精いっぱいを常に先生に伝えていこうと決めた。
何度だって『好き』を伝えて、何度だってぶつかって、向き合ってみせる。
窓の外では、手向けられた花が小さく揺れていた。
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