逆光

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「日野」 それは櫻井先生で、彼は私の顔を見た途端安堵したように息をつく。 「櫻井先生……」 小走りで駆けつけるくらい、心配してくれていたのかな。 そう思うと嬉しくて、つい顔がほころんだ。 ……ところが。 「この……バカ!!」 続いて彼の口から飛び出してきたのは、心配の言葉ではなく怒鳴り声だった。 「なに階段でボーッとしてたんだ!下手したら死ぬぞ!?」 「ごめんごめん!怒らないでー!」 「怒りたくもなる!何回心配かければ気が済むんだお前は!!」 それほど怒るくらい、彼は本当に心配してくれたのだろう。 気を失う直前に聞いた先生の叫ぶような声を思い出す。 「心配、してくれたの?」 改めてたずねると、先生は少し冷静になり視線を逸らす。 「当たり前だろ。……親御さんから預かってる、大事な生徒だからな」 『生徒』、その言葉を強調して言う彼にまた胸がチクリと痛む。 「生徒扱いじゃ、いやだって言ったら?」 「……無理だよ。生徒は対象外」 「じゃあ、高校卒業して生徒じゃなくなったらちゃんと向き合ってくれる?」 先生の心の中に、元カノがいることはわかってる。 だけどせめてただの生徒じゃなく、ひとりの異性として気持ちと向き合ってくれたら。 「私の気持ちは、この前言った通りだよ」 すがるように、ベッド横に立つ彼のシャツの裾をぎゅっと握る。 けれど先生はそんな私の手に触れて、指先をそっとほどかせた。 「……ごめんな。お前見てると、つらいんだよ」 その言葉を口にする先生の表情はこれまで見たことのないくらい悲しげで、泣き出しそうな目をしていた。 私を見てると、つらい? それって、どういうこと? 「先生っ……」 彼を呼ぶけれど、先生はそのまま私を見ることなく保健室を出て行ってしまった。   
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