11人が本棚に入れています
本棚に追加
「そんなのどうでもいいから。すっぴんならこの前プール掃除のときに見たし。
それよりこの階段手すりもないし、ふざけてると転ぶぞ」
櫻井先生の言葉に「だって」と反論しようとした、その時だった。
言われたそばから足を滑らせ、バランスを崩してしまう。
まるで体を引っ張られるかのように私は後ろへひっくり返った。
「わっ……!」
落ちるっ……!
そう思いながらどうも出来ずに、体は宙に浮き落ちていく。
するとそれを繋ぎ止めるように伸ばされた手が、私の腕を掴んだ。
「日野っ……!!」
名前を呼ばれると同時に体は抱きしめられ、私たちはふたり一緒に階段下へと落ちて行った。
「いっ……たぁ〜……」
背中をぶつけた衝撃で一瞬瞑った目を開ける。
そこには抱き締める形で私を庇い、痛みに表情を歪める先生の顔があった。
「先、生……?」
私が小さな声で呼ぶと、櫻井先生は飛び起きて私を見た。
「日野!怪我は!?」
「だ、大丈夫……ありがとう」
「ならよかった……」
背中は少し痛いけど、先生が庇ってくれたおかげで外傷は一切ない。
私の様子に先生は安堵すると、ひと息吸って目をキッとつり上げた。
「このバカ!言ったそばから落ちるな!お前は何回心配かければ気が済むんだ!」
「ごめんごめん!私だっていつもわざとじゃないもん!」
「ったく、ヒヤヒヤさせるなよ……」
ふたり、石段下の地面に座り込んだまま。
朝陽の下の黒い瞳は、キラキラと眩しい光を映す。
今この瞬間しかない、そう思ったら言葉が自然とこぼれた。
最初のコメントを投稿しよう!