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『お前も。そんな格好してるから目立つんだ、1年』
『格好は関係ないもん!それに私、なにもしてないのに呼び出されて囲まれてさ……』
かけられたのは『大丈夫か?』でも『こわかったな』でもなく、手厳しいひと言。
だけどそれまでの緊張や恐怖から一気に解き放たれ、気が抜けてしまい、思わず涙があふれてきた。
突然泣き出した私に、櫻井先生はぎょっと驚くと気まずそうに眉間にシワを寄せる。
やだな、よりによって櫻井先生の前で泣くなんて。
すぐ泣く生徒とか、面倒臭いんだろうな。
イメージからそう察して、早く涙を止めようとするけれどなかなか止まってくれない。
『すみ、ませ……なんか、一気に緊張がとけて……ああいうの初めてで、こわかったから』
着ていたトレーナーの袖で涙を拭いながら、涙声で言った。
すると突然、青いチェック柄のハンカチが視界に入る。
驚いて顔を上げると、それは櫻井先生が私に差し出しているものだった。
『これ……?』
『使え。返さなくていいから』
戸惑いながら受け取ると、櫻井先生は私の頭を軽くぽんぽんと撫でる。
『……悪かったな、泣かせて』
小さくつぶやくと体の向きを変え、階段を降りていった。こちらを振り向くことは一切なく、背中が遠ざかって行く。
泣いてしまったのは櫻井先生のせいじゃないのに。
罪悪感からなのか、優しい言葉をかけてくれるなんてすごく意外だった。
ひとりになったその場でハンカチで涙を拭うと、嗅ぎ慣れない洗剤とアイロンのりの香りがほのかに漂った。
……ぶっきらぼうだけど、優しい人なんだ。
その優しさを知ったことで一気に心は掴まれて、たちまち恋に落ちたのだった。
だけどそれからなにをどうできるわけもなく、ただの生徒と教師のまま。授業を受けて、ときどき叱られて、それだけの毎日だ。
だけど、時折見せるあの笑顔がうれしくて愛しい。
昨日よりもっと好きになる、その繰り返しだ。
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