西園寺晴臣と人魚姫

1/12
前へ
/142ページ
次へ

西園寺晴臣と人魚姫

■  “オトヒメは”日本籍のクルーズ客船、西園寺コーポレーションが所有、運航は関連会社がしている。  この春、西園寺栄太郎が勇退するにあたり、オトヒメを貸し切って日本一周クルーズが行われるそう。親族、親しい友人、関係者等を招き、各地の寄港地を巡るーーいわゆる引退記念旅行だ。 「ふへぇ〜海にいながら室内プール。お金持ちはスケールが違いますね」 「しっ! 声が大きい!」 「大丈夫ですって。プールはこの時間、西園寺さん以外の利用はないって言ってました、バトラーさんが」 「そうだけど。乗組員だけで約百人も乗船しているのよ? 誰が聞いてるか分からないじゃない」 「別に悪口言ってる訳じゃなく一般庶民としての感想を述べているまでで。この更衣室、私の部屋より広くて豪華です。ほら、アメニティがハイブランドですよぉ〜」  リムジンでオトヒメまで運ばれると、私達はバトラーにより船内を軽く案内された。  しかし総トン数5トン、全長二百メートルを超えるスケールは国内最大。短時間じゃとても回りきれない。  それでもラグジュアリーな雰囲気は十分伝わって、仕事とはいえ軽装でやってきてしまったのが恥ずかしくなっている。  船内は嵐の気配に身構えるどころか、回遊魚みたいなドレスをまとい、グラスを傾け、優雅に待機をしていたのだ。  船の外と中の常識の温度差で、私は震えてしまう。
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

209人が本棚に入れています
本棚に追加