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「ジャニス、貴様のような欲深い傲慢な女には愛想が尽きた。婚約は破棄させてもらう!」 「どうぞ仰せのままに」  庇護欲をそそる可憐な令嬢を抱きしめた王太子を前に、公爵令嬢ジャニスは普段と変わらぬ微笑みを浮かべていた。 「なんだ、妙にしおらしい。後悔してももう遅いぞ」 「後悔ですか。確かに幼少の頃からの婚約でしたのに、結局殿下にはお分かりいただけなかったことを残念に思います」 「今さらだな」 「はい。今さらです。ですので、ここから先は力づくで解決させていただきます」  ジャニスが隠し持っていた懐刀を取り出し、勢いよく王太子の寵を受ける令嬢に突き刺した。血が噴き出すかと思われたが、懐刀は令嬢の胸に音もなく吸い込まれていく。同時にジャニスのてのひらが光をまとった。 「ああああああ」 「魔術か! お前、一体どういうつもりだ!」 「この事態は確かに私の失態。殿下からではなく、陛下からの叱責とあらばなんなりと受け入れましょう」  王太子の腕の中で、美しき令嬢はみるみるうちに老いさらばえる。柔らかな肢体が枯れ枝のようになり、やがて砂のように崩れ落ちた。懐刀だけが床に残っている。  愛するひとを失い錯乱した王太子はジャニスに掴みかかろうとしたが、ジャニスは拾い上げた懐刀を王太子にも同じように突き刺した。そのためらいのなさにだろうか、王太子は虚を突かれたような顔をする。 「もっと早く決断するべきでした。手をこまねいているうちに取り返しのつかないことになってしまい、申し訳ありません」 「どう、し、て……」 「ごきげんよう、殿下。どうか次こそは、殿下の未来に幸多からんことを」  騒動に気づいたらしく、部屋に駆け込んできた魔術師がジャニスを咎めた。しかしジャニスは当然と言わんばかりに返事をする。 「ジャニス、あなたはどうしてそのような愚かな選択をしたのです」 「私は王太子の妃になるべく育てられた公爵令嬢です。自身の血と誇りにかけ、王国の敵となるものは処分しなければなりません」 「その結果、自分の名誉と命を失ったとしても?」 「ええ、一切後悔などいたしませんわ」  その日、淑女の鑑として多くの人々の尊敬を集めていた公爵令嬢ジャニスは、王太子とともに流行病にて急逝したと伝えられた。
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