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「そうか」
とだけ統也は言った。咀嚼できない異物を飲み込むような暗い顔で何度か頷く。
「残念だった。俺は二度とアサバたちの前には現れないつもりでいた。だが数日前に同級会が開かれると知って、気持ちが揺らいだ。会に顔を出したのは衝動的だった。お前とトモミに会えるかもしれない。会ったところで何を話すべきか分からなかったが」
「相変わらず身勝手な奴だ」
俺は自分の中の感傷を振るい払うように立ち上がった。
「今ごろそんなセリフは聞きたくない」
分かっている、と小さく答え統也は目を閉じる。そのまましばらく黙って苦悩に満ちたような顔をした。
「トモミの話はもういいだろう」
話題を切り上げる。そして宣言するように卓上の拳銃を手にする。
「いいかトウヤ、俺の要望はシンプルだ。N社が現在進めているプロジェクトを全て白紙に戻せ。そしてお前はトップの地位から降りるんだ」
できるだけ冷静に俺は言った。
「プロジェクトとは」
「EAMA(ヨーロッパ軍事同盟)が秘密裏に進めている共同核配備システムのことだ」
統也は黙っていた。俺は続けた。
「さっきも言ったが、俺は全部調べ上げている。お前は、悪魔だ。軍需産業界の首領として世界を牛耳っている。EAMAだけではない。A国が主導している大西洋諸国の軍事システムも、すべてお前が作ったものだ」
「おそれいったな。フリーライターはそんなことまで調べられるのか」
執念だと俺は思った。奴が、本田統也が世界的な軍需企業のトップであると突き止めた時の絶望がそうさせたのだ。
「それができると思っているのか」
「やるのだ。世界の各地でくだらない戦争や紛争が行われ、罪のない多くの国民が死んでいる。そこに火を点け、油を注いでいるのはお前たち軍需企業だ。信念や主義のための戦いじゃない。お前たちはビジネスで人を殺しているのだ」
統也は目を閉じて眉間にしわを寄せる。
「無駄だよ」
「無駄?」
「そうだ。俺がトップから降りたところで、誰かが引き継ぐ。ビジネスとはそういうものだ。俺が死んだところで、組織はなんら変わらない。違うか?」
統也の声は落ち着いている。自虐的に言っているわけでも諦めのようなものでもない。ただ事実を冷徹に語っているだけのような口調。
「信念や主義で戦っているわけではないとお前は言った。その通りだと俺も思う。だがお前たちの考え方も変わらないのだ。反戦家は信念と主義を主張するだけで、誰かが世の中の紛争を終わらせてくれるとでも思っているのか」
「黙れ」と俺は銃口を統也の眉間に向ける。
「都合のいい正当化はやめるんだトウヤ。俺たちはそうやって生きて来た。そのことへの裏切りをお前が悔い改めないのなら、そのまま俺と一緒に死ね」
統也の出方次第では、彼に向けて銃を撃つだろうと俺は思った。そもそも初めからとうてい希望などない。巨悪に立ち向かうには自分はあまりに拙く小さい。ドンキホーテもいいところだ。それでも訴えずにいられない自分を動かすのは、身を削るような二十数年間の時間の重さだった。その重しの対極に俺の運命をのせた天秤はすでに大きく傾き始めたのだ。
統也は長い間黙った。
そして大きく息をついて目を開けると、ゆっくりと俺を見据える。
「分かった。その覚悟があるなら、俺の話を聞け」
彼の暗い瞳にさざ波が起ったように見えた。やがてその瞳の奥でただならぬ炎の揺らめきが立った。
「真相を言う。もう後戻りできないがいいな」
青白い炎の光にかすかな狂気を見て俺は一瞬恐怖を感じた。
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