核ノ賛歌

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 俺は解放された。  暗い公園の並木の前で突っ立っていた。振り向いたら撃つとだけ言われていた。両手を挙げて立ちすくんでいると、やがて車の音が沸き上がり消えた。振り返った時にはテールライトが遠く流れ去っていた。  スーツの腕や腰のあたりを両手でさぐる。身体にも服にも何も変わったことはなく、ただ拳銃が無くなっていた。その代わりに上着の右ポケットに何か固いものが入っている。それは統也が投げつけた腕時計だった。  チョコレート色をした革バンドと飾り気のない銀色の文字盤。高校生が買えるような安価なクオーツ。かつて高校生だった俺とトモミが統也に贈った時計だった。志を同じくする証として。  使い込まれてくたくたになっていた。同じものが俺の左手首にもある。二十数年間という月日を、同じく止まることなく時を刻んできた。それを知って、文字盤がこみあげてくる涙で霞んだ。  とその時、時計の針は午前0時を過ぎ去った。その意味に戦慄して、並木道を抜け出る。アスファルトの道の遥か向こうに、副都心のビル群が見える。微かに聞こえた。統也の雄たけびのような咆哮が。そいつは散々吼え続け、嫌いだったあの笑顔で俺を見つめていた。  ――アサバ、お前はまだ俺には勝てないぜ。  くそったれと、その場に崩れ落ち、流れる涙をそのままに腕時計を握りしめた。 (了)
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