核ノ賛歌

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 トモミは病死だった。8年前に帰国して俺のアパートに来た頃から病は進行していた。  彼女は最後まで常に何かと闘っていた。  俺とトモミはともに3年の秋に大学を中退した。俺は都内にある小さな思想系の出版社に拾われ、トモミは看護専門学校に入り直した。専門学校卒業後、彼女は都内の病院に就職したが、25歳の時に突然病院勤務を辞めた。俺に清々しい顔で宣言したように、その後海外の紛争地域を巡る医療団に参加したのである。  そういう女性だった。自分の決めたことは曲げない真っすぐな性格で、そこが俺は好きだった。高校の時から俺が政治活動に熱心になったのは、間違いなくトモミと統也の影響である。彼らに認められたい。そしてトモミの強さと優しさに憧れていた。  そのトモミが、肉体的にも精神的にもぼろぼろになって8年前に帰国した。毎日毎日戦禍の中を負傷した兵士や民間人が医療テントにやってくる。力の限りを尽くしても多くの者が死んだ。砲弾や銃撃は止まない。そして紛争地域ではない国外の情報がネットを介して嫌でも目に入る。そこに映る彼らは皆幸せそうに笑顔で日々暮らしている。  10年近くにわたる任務の激流に飲まれて、彼女は疲れ果て倒れた。  俺たちは一緒に暮らし始めた。周囲からは夫婦に思われていたが、最後まで籍を入れなかった。同棲生活の大半は彼女の闘病生活になった。何に対してかトモミはいつも俺に詫びた。そして最後まで統也のことについては何も言わなかった。俺は彼女とのささやかな幸せの火を両手で守りながら、その熱を本田統也という男を追うエネルギーに変えたのである――。  同時に俺は悟っていた。トモミにとって統也はかけがえのない同志であり心の拠り所であったこと。そして最後まで想い続けていたと。
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