核ノ賛歌

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「何十年ぶりだろうか。アサバと会うのは」  磨硝子で囲われたシガーバーコーナーで統也はアルコールを頼まなかった。アイスティーを前にして葉巻に火を点ける。お前もどうだ、というように勧められたが「あいにく俺はタバコは吸わない」と止まり木に腰を掛け、急いたように続ける。 「話がある。ここでは話せない。場所を変えよう」  そう単刀直入に切り出した。統也はグラスを置いた手を欧米人のように上に挙げて眉を下げる。 「申し訳ないが私にはあまり時間がないのだ。話ならここでどうか」 「A国へ帰るのか」  その言葉に統也は口に含んだ煙を吐き出す。わずかに警戒の表情を見せた。そして「そうだ」とだけ言った。何かを探るような目をしたが、すぐに逸らす。 「すぐに帰国させるわけにいかない。統也、俺は――」  そう言ってから声のトーンを落とす。若いバーテン役のボーイの姿はラウンジに消えていた。  ――お前の本当の正体を知っている。  ピアノの旋律が漂う空間に綿のような紫煙が広がった。俺は彼の茶色がかった瞳を凝視する。感情が溢れそうになって言葉を飲み込む。  ふっと統也は話題を逸らすように視線を外した。 「トモミはどうした」  統也は乾いた声でそう言った。俺はカウンターに肘をつき、手元に視線を落とす。 「一緒ではない」と答えて俺は左手の腕時計をさする。 「先月、亡くなったよ」  と俺は彼の顔を見ずに告げた。
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