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湾岸を抜ける高速のハーバーブリッジまで、ハンドルを握った統也は何もしゃべらなかった。
後部座席に座った俺は、車窓から死角になった位置で終始銃口を統也の脇腹に向けていた。ホテルを出てすぐに黒いSUVが姿を現したが、一定の距離を保って追走するだけであった。統也は黙ってアクセルを踏んだ。
ブリッジにさしかかったところで、
「Kインターナショナルビルに向かえ」
と俺は統也の背中に指示した。統也がトップの国際的な大手商社である。
統也がトップに君臨している企業は、世界で数社ある。そのうちの国内最大規模の企業がKインターナショナルである。公になっていないが、ここもA国の巨大軍需企業のN社と繋がっている。そこまで俺は調べ上げている。A国N社のトップはキング・リアム。日本名は本田統也。
統也は姿勢を変えず、前を向いたまま「いいのか」と低く言った。
「私のテリトリーに入ることになる。その覚悟ということでいいのだな」
「構わない。最初からそのつもりだ」
はっきりとした計画があったわけではない。ただやれるとすればそれが最善であった。俺が統也に求める要求を果たすには、どこでも良いわけではない。彼が全てを支配できる場所で、彼を人質にしなければならない。そのための拳銃であり、そのための拐取であった。後はどうなっても良い。目的を果たせば、間違いなく自分は消される。それは承知の上だった。
「分かった。それもいいだろう。歓迎はしないがな。だがその前に社に連絡させてくれ」
苦笑交じりに統也はそう言うと、正面を向きながらポケットから抜き出したスマートフォンの画面をこちらに示した。
――車内では世間話だけ話せ
画面にはそう記されていた。俺が目をやると統也はスマホを内ポケットに仕舞う。
「私の指示が無ければ会社には入れない」
「分かった。いいだろう。ただし日本語で話すことだ」
頷いて俺は黙った。
バックミラーの向こうで、追走するように護衛の男たちが乗った黒塗りのSUVがついている。俺はただ黙っていた。
「今は、仕事は何をしている」
ハンドルを握りながら、統也は聞いてきた。
統也の頭越しに、フロントガラスの向こうで船舶の灯りが見える。統也の声は穏やかだった。
「フリーのライターだ」と車窓を追いながら素っ気なく返した。
「何を書いている」
「二十年間同じことだ」
語ることはたくさんある。しかしそのひと言で統也は小さく頷いた。
外に流れる街の風景はそれほど昔から変わっていない。住み慣れた街も俺自身もあんまり変わっていないだろう。統也だけがそこから一抜けして俺たちから遠いところへ行ってしまった。
その統也に俺は拳銃を向けている。最後はこの手で統也を抹殺し、心中する覚悟でいた。しかしその前に、彼の裏切りの精算をしなければならない。自らの過ちを悔い改めさせ、懺悔の中で葬らなければならないのだ。
「変わってないのだな、お前は」と統也が背中で言う。
車は街のネオンの中を突っ切って疾走した。
「そうだ。俺とトモミは高校時代からずっと変わっていない」
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