核ノ賛歌

5/14
前へ
/14ページ
次へ
 湾岸を抜ける高速のハーバーブリッジまで、ハンドルを握った統也は何もしゃべらなかった。  後部座席に座った俺は、車窓から死角になった位置で終始銃口を統也の脇腹に向けていた。ホテルを出てすぐに黒いSUVが姿を現したが、一定の距離を保って追走するだけであった。統也は黙ってアクセルを踏んだ。  ブリッジにさしかかったところで、 「Kインターナショナルビルに向かえ」  と俺は統也の背中に指示した。統也がトップの国際的な大手商社である。  統也がトップに君臨している企業は、世界で数社ある。そのうちの国内最大規模の企業がKインターナショナルである。公になっていないが、ここもA国の巨大軍需企業のN社と繋がっている。そこまで俺は調べ上げている。A国N社のトップはキング・リアム。日本名は本田統也。  統也は姿勢を変えず、前を向いたまま「いいのか」と低く言った。 「私のテリトリーに入ることになる。その覚悟ということでいいのだな」 「構わない。最初からそのつもりだ」  はっきりとした計画があったわけではない。ただやれるとすればそれが最善であった。俺が統也に求める要求を果たすには、どこでも良いわけではない。彼が全てを支配できる場所で、彼をにしなければならない。そのための拳銃であり、そのための拐取であった。後はどうなっても良い。目的を果たせば、間違いなく自分は消される。それは承知の上だった。 「分かった。それもいいだろう。歓迎はしないがな。だがその前に社に連絡させてくれ」  苦笑交じりに統也はそう言うと、正面を向きながらポケットから抜き出したスマートフォンの画面をこちらに示した。  ――車内では世間話だけ話せ  画面にはそう記されていた。俺が目をやると統也はスマホを内ポケットに仕舞う。 「私の指示が無ければ会社には入れない」 「分かった。いいだろう。ただし日本語で話すことだ」  頷いて俺は黙った。  バックミラーの向こうで、追走するように護衛の男たちが乗った黒塗りのSUVがついている。俺はただ黙っていた。 「今は、仕事は何をしている」  ハンドルを握りながら、統也は聞いてきた。  統也の頭越しに、フロントガラスの向こうで船舶の灯りが見える。統也の声は穏やかだった。 「フリーのライターだ」と車窓を追いながら素っ気なく返した。 「何を書いている」 「二十年間同じことだ」  語ることはたくさんある。しかしそのひと言で統也は小さく頷いた。  外に流れる街の風景はそれほど昔から変わっていない。住み慣れた街も俺自身もあんまり変わっていないだろう。統也だけがそこから一抜けしてから遠いところへ行ってしまった。  その統也に俺は拳銃を向けている。最後はこの手で統也を抹殺し、心中する覚悟でいた。しかしその前に、彼の裏切りの精算をしなければならない。自らの過ちを悔い改めさせ、懺悔の中で葬らなければならないのだ。 「変わってないのだな、お前は」と統也が背中で言う。  車は街のネオンの中を突っ切って疾走した。 「そうだ。俺とトモミは高校時代からずっと変わっていない」  
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加