核ノ賛歌

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 スカイラウンジに二十数年間待ちわびた男が静かに登場した。  俺はワゴンのボーイから白ワインのグラスを受け取り、グラスを口に付けたまま上目づかいで『彼』へと近づく。  ハーバーブリッジのイルミネーションと夜景を望む高層ホテルの最上階。ラウンジを借り切っての同級会の面々は、『彼』が登場するや瞬く間に歓声を上げて自然と輪になる。  遠慮がちながらも、自信に満ちた雰囲気をまとう彼=本田統也は輝いて見えた。細身のダークスーツを纏った姿勢は若々しく、同い年の仲間の中でもひときわ目立つ。  俺は口にあてたままのグラスをまるで盾にするかのように、統也の背後から近寄った。CM撮影のような明るく虚飾に満ちた華やかさの中で、統也は一通り周りを囲んだ旧友たちと挨拶をかわす。ようやく場が落ち着いた頃、俺はたった今気づいた風情で統也の腕に手をかける。 「懐かしいな、トウヤ。ちょっとあっちで語ろうじゃないか」  上質なスーツの腕をつかみ、高校時代の悪友同士を思い出させるかのように拳をかるく彼の胸に突く。 「アサバか」  俺を見て統也は口元を緩めた。何か言おうとする彼を引っ張って窓際へと連れ立つ。  目の端でラウンジの入口に待機するふたりの黒服、おそらく統也の護衛の男の姿を認める。想定内ではあるが鼓動は高鳴っていた。 「悪いがこのまま俺に付き合え」  かつての親友に言うには声が震えていた。それだけ俺はこの瞬間に興奮していた。今この機会を逃せば、おそらく今後一生統也に会えることはない。 「シガーが吸いたい」  肩の力を抜くように統也は言った。そして高3の体育祭で、2位で繋いだ俺のバトンをいともたやすく優勝に導いた時のような底抜けの笑顔を俺に見せた。
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