お気に入り

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完全にやってしまった。由希奈さんの地雷を踏みぬいてしまった。 焦りに焦って、私は 「ご、ごめ、ごめん。あの、なんていうの、その、無神経なこと聞いて。」 なんとも箔のない謝罪である。 すると、目を丸くした由希ちゃんが 「え!あ!そうじゃない!ちがうちがう! 怒ってるわけじゃなくて、なんて説明するのが分かりやすいか考えてただけ!ごめんわかりにくくて!」 私と同じくらい焦ってしまった。 「本当に怒ってない?私に気を使ってるとかじゃなくて?」 「ほんっとうに違うから!ちょっと複雑なんだよね、説明すると。」 そう言って由希ちゃんは手元の麦茶を飲んでクールダウンする。そして、こちらをまっすぐ見て話し始める。 「私ね、休学してるんだよね、大学。」 「どこか悪いの?」 「んーん、そういうのじゃないんだ。ただね、琴子も私と同じくらいになったら分かると思うんだけど、高校受験・大学受験・就活ってね、もう一瞬なの。ピューって。 私は今年で大学3年で本当なら就活を頑張らないといけない時期なんだけど。 あまりに学生生活が一瞬で、やれ勉強が、やれ部活が、やれバイトが、ってしてたら本当に自分がしたいことが分からなくなって。」 なんとなく言っていることは分かるけど、具体的にイメージが湧かなくてしかめっ面をしていると由希ちゃんがまた説明してくれる。 「なんかね、不安になったの。私このまま、考える時間がなかったからって“なんとなく”で社会に出るのかなって。 社会に出たら今以上に自分について考える時間が無くなるかもしれない。そう考えたら怖くなった」 「そんなときにね、講義での教授のお話が頭に残った。琴子、ギャップイヤーって知ってる?」 聞いたこともない言葉に首を振る。 「高校卒業して、大学入学までの期間を指すんだけど。その間で留学に行ったりボランティアに参加したりして、自分を見つめなおす時間にするらしい。 でも私がその考え方を知ったのは大学2年の冬だったの。」 「だから今の時期に休学したってこと?」 「そうそう。今のまま“なんとなく”大学生活を終えたら、一生“なんとなく”生きちゃうんじゃないかって思ったから。だから、いったん立ち止まることにした。」 由希ちゃんの言わんとしていることは伝わった。でも、由希ちゃんは現に今私と、この片田舎で暮らしている。留学にもボランティアにも行っていない。 疑問に思っていると、そんな私を見透かしたかのように、由希ちゃんが話し始める。 「教授がね、言ってたの。別に留学したり、ボランティアに行ったりしなくてもいいんじゃないかって。中学高校大学からの就職はスピードがあまりにも早いから。 何にもしない期間を一年間くらい作って、その間に自分のやりたいことを見つけてみてもいいんじゃないかって。」 「それで実家に帰ることにしたの?」 「うん。休学して、部活もバイトも辞めた。 一人暮らしのアパートも契約期間がちょうど切れたから、いっそのこと実家に帰ってこようと思って、そしたらちょうどお父さんの再婚と被って―――琴子と出会えた。」 まっすぐ目を見られてびくっとする。そして、私はふとした疑問をぶつけてみる。 「それって、こう、大丈夫なの?周りのライフペースからちょっと遅れるってことだよね? あ!全然攻めてるとかじゃなくて、ただの疑問ね。」 分かってるよと笑って、由希ちゃんが答えてくれる。 「その一面はある。まだ、経済的に自立してるわけでもないから、親のすねかじりのくせに何勝手なことやってんだって言う大人もいると思う。 けどね、両親はともかく、それ以外の大人って、私のことあんまり知らないわけじゃない。 その批判をする大人たちは私の人生に責任を取ってくれるわけじゃない、そう考えたら周りの意見全部どうでもよくなったの。 お父さんが許してくれたなら、私は私のやりたいように生きようって思った。」 中学生の自分にとって、大学生活については未知すぎて、さすがにすべてを理解することはできなかった。 けれど、由希ちゃんが他人の意見に惑わされず、自分の道を行こうと奮闘しているということは伝わった。 由希ちゃんは私と同じくらい、“気にしい”な性格なのに。彼女は、今この瞬間も戦ってるんだ、そう思うと、目の前の金髪のお姉さんがとんでもなくすごい人のように感じた。 それはそうと、そう言って由希ちゃんが話し始める。 「琴子さ、私になついてくれてはいるけど、なんかこうちょっと引いてるよね。」 「?」 「ほら、さっきみたいに、私の沈黙に敏感に反応してたり。そんなに急に怒ったりしないよ。」 そう言われて、確かにと思う。他の人ならまだしも、由希ちゃんはそう簡単に感情をぶつける人ではないはずだ。なんでこんなにビクビクしちゃうんだろう。 「自分に自信がないから、かな」 そう私がこぼすと、由希ちゃんが口を開く。 「琴子、ちょっと筆箱見せてくれない?」 なんで今筆箱?と疑問に思いながらも、かばんから筆箱を抜き取り由希ちゃんに差し出す。 由希ちゃんは、なんの変哲もない筆箱を見つめて、尋ねる。 「この筆箱のこと、琴子はどのくらい好き?」 良く分からない質問に戸惑いながらも答える。 「うーん、まあまあ気に入ってるよ。長く使ってるし。」 そっか、と言って由希ちゃんは私に許可を得た後、筆箱の中身をのぞいた。 私は文房具にさほど興味がないため、筆箱にはシャーペン2本とペン1本ほどしか入っていない。 「このペン、どのくらい好き?どんな思い入れがある?」 またしても同じような質問を投げかけられて困惑する。 「えっと。まあまあ好き。中学校に上がってから近所のスーパーで買ってから使ってるくらいかな。」 その後も文房具についての同じような質問をしたあと、由希ちゃんは私にはっきりという。 「よし!決めた!明日、文房具買いに行こう、中央町に!」 唐突な誘いに驚く。 「え、なんで急に?」 由希ちゃんは諭すように言う。 「琴子、自信っていうのはね。持ち物からも湧き上がってくるんだよ。自分のお気に入りに囲まれて生活してると、だんだん自分のことが好きになってくるの。」 そう言われても、どこか腑に落ちなくて 「いや、でも。ここから中央町って車がないときついよ?」 「なーにー琴子知らないの~?ここ電車通ってるんだよ!しかも最寄り駅から中央町まで、電車で60分!授業1コマ分くらい楽勝だよ!」 「いやいや!! 百歩譲って60分が短いとしてもだよ?“うちから最寄り”までが遠いんだよ。徒歩40分だよ?しかも山道、上り坂。」 そう、忘れてはならない。ここはド田舎だ。なんてったて、全校生徒100人、一学年につき一クラスの中学校しかないのだから。 「大丈夫、大丈夫―!」 そう言って呑気に計画を立てる由希ちゃんにのせられて、結局明日2人で中央町に行くことになった。 ―――次の日 「なめてた、めちゃめちゃなめてた!」 家から、最寄り駅までの道中、由希ちゃんは息を切らせながらつぶやいた。 「ほら、やっぱりー」 そう言って、私は由希ちゃんの手を引っ張る。まだ先は長いのだ。 それに今の季節は初夏。さんさんと太陽の光が照り付ける。 「でもさ、どーーーしても電車使いたかったんだよね」 「なんで?」 「琴子、自分の足で中央町行ったことないでしょ?」 図星を刺されて驚く。 「シャーペンを近所のスーパーで済ませるっていうからピンときた。それにお母さんも忙しいしね。なかなか中央町のほうにいけてないだろうなって思った。 スーパーでお気に入りが見つかることなんて、星をつかむような確率だからねえ。 だから知ってほしかったの。お母さんの力を借りなくても、琴子は自分の足で外に、この田舎町の外に出られるんだよって。」 そうだ、由希ちゃんはいつも私に新しい選択肢を増やしてくれるのだ。彼女の私への気遣いに胸が熱くなっていると 「ほら!駅見えてきたよ!あとちょっとだー!」 元気にはしゃぐ由希ちゃんに遅れないように、彼女を必死に追いかけた。 ―――ガタンゴトン 久しぶりの電車。忘れていた、徒歩40分以外で、私が電車を避けていた理由。 電車内は、どこを見ていいか分からない。他の人の目線が気になって、ものすごく緊張する! そこそこ埋まった電車内、席に座ると目の前の人と視線がかち合う。 窓の外の景色を見ようとも、前の人が視線に入ると、目が合うのを避けようとしてキョロキョロと目線を泳がせてしまう。 もしかして、私今めちゃくちゃ変な人になってる?そう思えば思うほど、緊張は収まらずにいた。 ...落ち着かない。 そう思って、隣の由希ちゃんを見る。彼女は私の視線に気づくと、ニコッとして前を向き直った。なんで由希ちゃんは平然としてられるの!? なんとか自分の緊張を沈めたくて、由希ちゃんの手に目をおろす。 彼女の爪は縦長でとてもきれいな形をしていた。それに銀色のネイルが施されていてとてもキラキラしていた。 「由希ちゃんのネイル、きれいだね」 そう切り出した私に由希ちゃんは「ありがとう」と言ってニコニコする。 「琴子も、夏休み入ったら爪塗ろうね!」 そう言ってくれるのはうれしいが私は夏休みも部活があるため、恐らくできない。 そう思って自分の爪を見ると、驚くほど伸びていた。由希ちゃんと出会ってからの日々が怒涛すぎて、爪切りすら忘れていたようだ。 そうこうしているうちに、電車は中央町へと到着した。 結構な疲労感を感じて、私は電車を降りた。 「うんうん、電車慣れてないね~琴子。」 「そんなに私、挙動不審だった?」 「いーや。多分、私も昔そうだったから気づいただけ。電車のコツはね、慣れること。何回も乗って慣れる、これが一番早い。それか、」 「それか?」 「やっぱり自分に自信を持つことかなあ。そうしたら、だんだん人の視線とか気にならなくなるから。ね?」 話していると、中央町の大きな商業施設に着いた。そして、由希ちゃんは、イマドキ女子がたくさんいる雑貨屋さんに連れて行ってくれた。 金髪におしゃれな服の由希ちゃんはとてもそのお店になじんでいた。けれど、どこからどう見ても中学生にしか見えない私はどこか浮いているような気がした。 「じゃあ、選んでいこうか!」 日和る私の手を由希ちゃんが引いてくれる。 由希ちゃんという、いかにもな“きれいなお姉さん”と一緒にいれば、自分もこのおしゃれな空間にいることが、許されるような気がした。 私は久しぶりのおしゃれなお店に興奮しながら、どんどんお店を見て回った。 けれど、高い。かわいいものは高い。スーパーでは400円程度で買えたはずのシャーペンが、ここでは800円する。中学生の私には、お高いのだ。 そうこうして、私は3本まで、シャーペン候補を絞った。そして、値札とにらめっこして、どれにするか悩んでいると、由希ちゃんが来た。 「決まった?」 そう尋ねてくれる彼女に急かす意図がなくとも、“急がなきゃ!”と焦ってしまう自分がいる。 結局私は、2本をレジに持っていき、一本はあきらめることにした。 おしゃれなお店のレジは緊張する。なぜなら、店員さんもきれいなお姉さんだからだ。 きっとこの店員さんは、「こんなダッサい中学生がこの店に来てるとか、プププッ」って思ってるんだろうな。 そんな思いで私は2本のシャーペンを買い、店の外に逃げ出た。 由希ちゃんはどこに行ったんだろう? そう思って見渡していると、さっきの私がいた店から彼女が出てきた。 彼女の手には私と同じピンクのレジ袋が下がっている。 「由希ちゃんも何か買ったの?」 「うん。でも、これは琴子へのプレゼント!」 彼女はそう言って、私に袋を差し出してくれる。 「えええ!ありがとう!」 思いがけぬプレゼントに私の胸は高鳴るのだった。 その後、私たちは電車に乗って帰路に就く。 帰りの電車は時間的に、あまり人が乗っておらず快適に過ごすことができた。 心地よい揺れに揺られながら、隣の由希ちゃんに話しかける。 「そういえば、由希ちゃんって私が学校行ってる間って何してるの?」 「言ってなかったっけ?琴子が学校行ってる間はバイトしてるよ~。 ほら、家の近くのスーパー!」 「え!?そうなの!?」 由希ちゃんは、帰りの遅いお母さんに代わって料理、洗濯のほとんどを担っているから気づかなかった。 それに中学生の私には“バイト”という響きがとても大人っぽく聞こえる。 やっぱり由希ちゃんは大人だ。 そんなことを思っていると、電車が最寄り駅に到着し、私たちは長い下り坂を下り始めた。 「ありがとうね、由希ちゃん」 何気なくお礼を言う。 私ひとりでは電車に乗るまでも苦戦するし、おしゃれなお店に入るのもはばかられた。由希ちゃんと一緒だからこそ、今日の買い物は為されたのだ。 私のお礼を聞いくと由希ちゃんは、とてもとてもうれしそうに笑顔する。 いつもはクールでかっこいい系統の由希ちゃんの顔は、今日はとても愛らしく見えたのだった。 家に帰り、由希ちゃんが夕飯の支度をしている間、自分の部屋に行く。 彼女からのプレゼントの中身が気になっていたのだ。 かわいいラッピングを少しずつほどいていく。 中に入っていたのは、 私が悩んでいた、三本のうちの一本のシャーペンだった。 由希ちゃん、私に声をかけてくれた時、見ていてくれたんだ。 そう思うと、自分がとても由希ちゃんに大切にされていることを実感して、目頭が熱くなるのだった。 楽しい週末が終わり、月曜日が来た。 今日も学校が始まる。いつもならば憂鬱な朝。 けれど、由希ちゃんにプレゼントしてもらった文房具で授業を受けるのが楽しみで、どこかルンルンで登校する自分がいたのだった。 これが由希ちゃんの言ってたお気に入りの力か、なんて思って、その日はハッピーに授業をうけることができたのだった。 午後の授業、掃除を終えて、帰りの学活が始まる。 「じゃあ、今日抜き打ち風紀検査だから。」 そう言って担任は美化委員に仕切りを任せた。 クラスメイトたちは男女別に美化委員のもとに集い、ひとりひとり委員からチェックを受ける。 私たちの学年(クラス)の美化委員はララである。 「じゃあ、琴子爪見せて~」 そこで気づく。 昨日、シャーペンに見とれて爪を切り忘れていたことを。 「琴子、爪バツね。」 機械的にララが告げる。 爪の項目にバツがつくと、怖い生活指導の先生に後日、爪を切りましたと見せに行かなければならないのだ。もちろん説教付きで。 だからこそ、みんな絶対に爪は切ってくる。 完全にやらかした 。っていうか、同じグループなんだから見逃してくれてもいいのに、なんてララにちょっとした不満を持ってしまった自分がいた。 これがいけなかった。 「何、琴子言いたいことあるなら言いなよ」 ララは、はっきりと私に言い放った。 顔に出てしまっていたのか、と心の中で自分を殴る。それと同時にララを怒らせてしまったことに冷や汗をかいた。 その場が凍る。近くにいた日向が小声で、こっわーとつぶやいた。 私も思う、めっちゃ怖い。 「ごめん、なんでもない」 そう言って、そそくさと席にもどる自分が情けなくて落ち込む。これ、ララとの決別のきっかけにならないよね...? そう思っておびえる自分がいた。 続く
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