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「やあ、昨晩はありがとう。でもおかげですっかり寝坊しちゃって……あれ?」
翌日の昼過ぎ、再び渉は桜の元に赴いた。だが桜の返事はない。ただはらはらと花びらが降り注ぐだけだ。
「どうしたの? まさか話せるのは夜だけとか? もしもーし」
昨日のノリでぱん、と幹をこぶしで叩くと、地の底から響くような呻き声が聞こえてきて、渉は思わずぎょっとした。
「……やめて……響く……痛い……」
「へ?」
「……音が……響く……陽の光が……辛い……」
渉はあんぐりと口を開けた。
「待って、もしかして君……まさか二日酔い!?」
「大きな声を出さないでってば……!」
調子に乗って重ねた昨晩の酒が、どうやら少々堪えたらしい。
「あちゃー。あれぐらいの量ならと思ったけど、そうか、木には辛かったか。悪いことしたなあ――いいや、ちょっと待ってて」
渉はまたしてもコンビニに駆けていくと、持てるだけの水のボトルを買って戻ってきた。そしてまわりの人の目も構わず、片っ端から封を切って、どぼどぼと根元に注いでいく。桜が大きく安堵のため息をついた。
「ああ、助かる……せめて今日が雨だったらよかったんだけど……」
全部注ぎ終わると、桜は多少すっきりしたようだった。
「ごめん、ちょっと飲ませすぎちゃったね。もう少し水、買ってこようか?」
「いえ、もう大丈夫です。ありがとう。お手間かけてすみません」
ふと見ると、地面に花びらがずいぶんたくさん落ちている。
「だいぶ散っちゃったね。なんかまわりの桜の花びらより、色が濃くない?」
「ふふ、酔うと赤くなるって本当なんですね。いつも皆さん真っ赤になってますけど、まさか自分がなるなんて思わなかった」
桜は恥ずかしそうに小さく笑った。
「本当にごめん。今度はノンアルにするよ。甘酒とかどうかな」
「いえいえ、もう本当にお気遣いなく。これからは昔どおり、上から眺めさせていただくだけにします。あなたはどうぞお好きなものを飲んでください。匂いだけなら慣れてますから」
「いや、俺も昼間っからはさすがに飲めないからね。今日はぼんやり花と景色を眺めるだけにするよ」
渉はいたわるように、そっと桜の幹を撫でた。
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