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翌日、渉はまたも桜を訪ねた。
「やあ、今日はどうだい? 頭痛……アタマじゃないか。とにかく調子は落ち着いた?」
桜は、昨日の醜態を恥じるようにさわさわと枝を振った。もうだいぶ花も落ちて、ところどころに緑の若葉が見える。
「どうもご心配をおかけしました。昨日のお水が効いたみたいで、今日はもうすっきりです。あれ、今日は何を持っていらしたんですか?」
渉がまたビニール袋から物を取り出すのを、桜はしげしげと眺めた。
「今日はもうお茶にしようと思ってさ。俺はちょっとこいつを失礼させてもらうけど」
渉はペットボトルのお茶と一緒に、花見だんごのパックを取り出した。
「まあ、いいですねえ。どうぞどうぞ、ご遠慮なく。それにしても “こんびに” って便利なんですねえ」
「まあ、コンビニエンスストアの名前自体が “便利な店” っていう意味だからね」
渉は花見だんごにぱくりと食いつくと、お茶を桜の根元に注いでやった。
「桜に野点とは、これもまた風流ですねえ」
しみじみとした桜の言葉に、渉は噴き出した。
「いや、野点って……ペットボトルのお茶だよ、悪いけど」
「いいんです、その言葉を使ってみたかっただけだから」
「でもこれなら大丈夫かと思ってさ。さすがにあそこまで飲ませちまって反省してるよ」
「いえ、でも楽しかったですよ。残念ながら、もうそろそろお話もできなくなりますが」
そう言うと、桜は寂しそうに花びらを散らした。
「それは、話せるのは花が咲いてるうちだけってこと?」
「そうです。それに私はちょっとその、まわりのきょうだいより一足先に葉桜になっちゃいそうなんで」
確かにまわりの桜の木は、まだ満開の花に埋もれている。
「ごめん……酔っ払って、たくさん花びら落としちゃったからだね」
申し訳なさそうにうつむく渉に、桜は優しく花びらを舞わせた。
「いいんですよ、昔から諸行無常って言いますでしょう? でも本当に楽しかったんです。私以外のきょうだいはまだまだ綺麗ですから、ぜひこのあとも来てみてください」
「……ごめん。たぶん、無理」
渉はうつむいたまま呟いた。
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