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商人は階級で言えば聖職者や貴族には遠く及ばないけれど、大資本をもつ商人は経済におおきな影響をもっている。
そんななかアルグラント商会は王都でも指折りの商人である。
遠く離れた地をつなぎ、ときには他国とも交易を行うため、各地の領主とも懇意にしていて、人脈も幅広い。そのため貴族からいろいろな商品を求められることも少なくない大店だ。
カイルはアルグラント商会の四男坊なのだが、兄たちのように商売には向いていないと本人は言う。
「兄たちのように交渉ごとは苦手だから。せめて経営に役立つスキルや、商品に関する知識を学びたいと父に頼んで王立アカデミーに通わせてもらっている。とくに薬に関する知識はながく旅をするときにも、仕入れにも役に立つから」
王都の大通りに面した店の間口は広かった。一般向けの店内販売と上流階級のための商談スペースに分かれているようだ。
カイルはリーシャを連れてきらびやかな建物の裏手にある、いかにも家族用の通用口に向かった。
「聞いてはいたけれど、カイルって本当に大店のご子息だったのね。これからカイルお坊ちゃまって呼んだ方がいい?」
と聞くと、カイルはだまってリーシャのおでこを指でぴんとつついてきた。
「怒るぞ。勃興した先代がすごいのであって、ぼく自身は見てのとおりのぼんくら」
カイルがぼんくらだなんてとんでもない。
友人たちといるところを見ても、こうしてリーシャに声をかけてくれるところも、えらぶったところのない人柄の良さがにじみ出ている。
「………まさか自宅にお邪魔するの?わたし手土産もなにももっていないわ」
「急に誘ったのはこちらだし、そんなに気をつかう必要はないよ。それとも家族に紹介しようか?なんならぼくの部屋に行く?」
リーシャはからかうように笑うカイルをにらんだ。
「わたし帰る」
するとカイルはあわててリーシャを引き留めた。
「ごめん!もう言わないよ!ほんとに誓って下心があるわけじゃ………全然なくもないけど、見せたいものがあるのは本当だ!」
両手を顔の前であわせて拝んでいるので、思わずリーシャは笑ってしまう。
なんだかんだでリーシャは年上なのに時々ふがいないカイルが好きだから。
「いいわよあっても。下心」
そう言うとカイルは一瞬絶句した。
え、あの、と頬を染めるのを見るのも楽しくなってきて。
「あってもいいけど見せないで。全力で逃げると思うわよ、女の子は」
リーシャがそう言うと、カイルは気の抜けた顔をして、
「だれにでもあるわけじゃない………」
と小さくつぶやいたのだった。
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