最終章

1/30
前へ
/84ページ
次へ

最終章

 新しい季節がやってこようとしている。   濃ゆかった緑が色を落としきって、うっすらと紅葉づいている。はらりと葉を落とし、冬に向けての準備をはじめた木もちらほらあった。 (そろそろコートが欲しい。お給料が入ったら買っちゃおうかなぁ)  リーシャが王立アカデミーにはじめて通った日から、3年が経っていた。 「リーシャ!」  自分の名前を呼ぶ声に振り向いたリーシャは目を丸くした。  そこには大きなバラの花がいた。  正しくは、見事に咲いている真っ赤な薔薇の花を腕いっぱいに抱えたカイル・アルグラントらしき人物が立っていたのだ。  らしき、というのは彼の顔が見えないからである。声は確かにカイルのものだった気がする。  気づけば、カイルの背後ではたくさんの人が興味津々にこちらを見ており、びっくりして立ち止まったリーシャ自身のまわりにも学生が集まりつつある。 (なんて目立つことを………!)  人との交流には慣れたリーシャだったけれど、さすがにこの衆目のなか彼に近寄る勇気は持ち合わせていなかった。回れ右をして歩き出したリーシャに、 「わ、待て待て!行くな!リーシャ」 とバラの怪人が走り寄ってくる。いったいどこから前をみているんだろう。 「逃げるなんてひどくないか?」  あきらめて足を止めたリーシャは、カイルが目の前まで来ると怒った顔をした。 「わたしが注目を集めるのが嫌いって知っていてなんでこんなに目立つことするのよ」 「ごめん。でもさ、わたしだって恥ずかしかったんだよ。あなたがなかなか出てこないから一時間もこの恥ずかしさに耐えていたんだ。ここであなたが行ってしまったら、道化扱いに加えて振られた男として名をはせることになる」  よく見れば彼の耳はバラの花に劣らないほど真っ赤だった。 「とにかく………基本課程の修了おめでとう。リーシャ」  カイルが花を差し出すと、やっと彼の顔があらわになった。耳だけでなく顔まで赤くなっている。 (これを今度はわたしがもつのか………)  内心の困惑を収めつつ、リーシャはカイルから花束を受け取ったのだった。
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加