お花見

1/1
前へ
/1ページ
次へ

お花見

 桜の開花宣言が平年より5日遅く行われたらしい。 「去年は、葉桜で少し、ガッカリしたんですよ」  お得意様のK氏が、顎髭を撫でながら、思い出したように言いました。 「予想では八分咲きのようですね」  タブレットで確認しながら答える。 「楽しみだ」  ご機嫌はよろしいようだ。  去年の担当者からは、要注意人物だと名簿に〇がついてある。 「このお花見列車もいつも抽選に外れて、キャンセル待ちでやっと参加することができました」  笑顔満開で、興奮したようにまくし立てるC氏。一週間前に空きが出たと聞いて、仕事をズル休みしての参加。 「参加人数も期間も限られていますからね」  本当にいつも、開花時期の予想には悩まされた。 「婚約記念で、あっ、後で写真撮ってくださいね」  嬉しそうに婚約者と並んで、弾むように話すA氏。 「おめでとうございます」  記念旅行として参加する方々も毎年何組かいる。あの不思議で独特な桜色は恋愛面で縁起がいいという噂を、信じているのだろう。  今回もツアーのキャンペーンにはしっかり利用させてもらっている。去年までの担当者が結婚して産休中なので、効果はあるのかもしれない。  ただ、去年のように葉桜だと、意味が逆になるらしい。だから例年よりもキャンセルが出たそうだ。 「冥土の土産に来ましたの。新婚旅行ぶりですわ~」 「ごめんない、おばあちゃんの口ぐせで」  ツヤツヤした元気そうな表情のM氏、可愛いお孫さんと一緒に参加。 「いえいえ、そのくらい前ですと、大変だったのでは?」 「そうそう、分厚い誓約書にサインして、数種類のワクチンも打ったわ、高い保険にも入らされて、もう準備が大変で大変で、おじいさんと喧嘩までしちゃったわ…………そんな、おじいさんも……昨年に……」  俯き言葉を詰まらせる。 「それは……ご愁傷様でした」 「……宇宙麻雀のプロテストに合格して、銀河系シニアリーグで活躍中なんですのよ!」  と、誇らしげに顔を上げて、オホホホッと笑った。 「えっと……」  呆気に取られていると、お孫さんと目が合い、 「ごめんない、おばあちゃんの、最近の口ぐせで」   申し訳なさそうに、また謝った。 「ゴミはちゃんと、持ち帰ってくださいね」  誓約書に参加者全員のサインをもらい終わると、全員に聞こえるように、もう一度声を張り、車掌の帽子を深くかぶり直した。  銀河鉄道はスペースデブリを回収しながら、定時に間に合うように加速した。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加