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会社の同期三人とこの桜の木の下で花見をするのは今年で三年目になる。毎春、同じ場所で見頃を逃さず開催してきた。そこは会社近くの公園だった。仕事帰りにコンビニでお酒とつまみを買って、レジャーシートを敷いて陣取る。公園の周りには結構な数の会社が散在していたから、アフターファイブには会社員で一杯になる。みんな考えることは同じなのだ。そういうわけで俺たち同期四人組は仕事そっちのけで仲良く定時ダッシュをするのが恒例となっていた。お馴染みの特等席を確保するために。
同期は、カズヤとソウ、そしてヒトミの三人だった。ヒトミは男三人のアイドル的存在だったが、誰も手を出せないまま既に彼氏ができてしまっている。というか男三人共入社前から彼女がいたので、手を出したくても躊躇せざるを得なかったのだ。彼女のいる身分で本来そういう下心があってはいけないのかもしれないが、ヒトミは外見は当然のこと、性格まで申し分なかったので、同期四人の中でもアイドル的存在だった。とにかく俺たち同期の関係はその前提で(四人共それぞれに最愛の相手が別にいる)、うまくバランスが取れているような感じだったのだ。
「なぁみんな…、今回の花見はもう三回目かぁ…。俺たちいつまでこうしてられるかなぁ」桜吹雪が視界を掠める中、缶酎ハイを片手に遠い目をして俺がそう言うと、
「なに?どうした?藪から棒に」カズヤが俺の思いを見透かしたようにそう促す。
「桜がずっとは咲いてられないように、俺たちもいつかバラバラになってしまうんじゃないかってさ…」
「コラーッ!コウちゃん、またクサイこと言って。きっと先を見過ぎなんだよ。咲いてるこの今を楽しまないと!」ヒトミの明るいフォローに俺は気を取り直そうと、缶酎ハイを一気に煽った。
「まあでも、コウちゃんは上司とあんましうまくいってなさそうだもんな…」ソウが気遣ってそう言うもんだから、つい本音を抑え切れなくなる。
「だな…、実はそろそろ転職しようかと思ってる」
「そんなにきつい?」
「小さなミスをあんなに大袈裟に怒られるのはやっぱりきついよ。しかも人前でさ…。別室に呼んで注意されるならまだしも。それに怒る頻度が高すぎる。そんなんだから、怒鳴られることを恐れて本来やるべきことに腰を据えて向き合うことができない状況になってしまってる。それでもこの二年、よく耐えたもんだと自負してるくらいなんだ」
「確かにあの上司の部下は半年ともたず辞めていったやつが後を立たなかったらしいからな。その点コウちゃんは随分長続きしてる…それだけでもすごいことかもな。うちの部署、今一人欠員が出てるから転属願い出してみれば?経理とは畑違いの営業だけど、辞めてしまうくらいならアリだと思うけどな」
カズヤのさりげない提案は同期思いの優しさを感じずにはいられなかったが、俺はなんだか複雑な気持ちになってしまう。そもそもこの会社の体質自体に不信感が募りまくっていたのだ。経営中枢の経理にいるとよくわかる。果たして転属してその蟠りが解けるものだろうか。きっと会社の悪習は全部署に渡って散在しているに違いない。"いっそ辞めてしまって新天地を求めたい"という気持ちは既に心の奥深くに根を張って、その芽を出す瞬間を今か今かと待ち望んでいる。実際に、会社によって職場環境はガラリと変わるとも聞く。それがどちらに転ぶかは入社してみないとはっきりとはわからないが、ネットの評判や企業研究、面接の過程である程度は垣間見れるはず。少なくとも今よりも健全な会社を見つけることは十分可能な気がしていた。
「そうだな…。極端に退社を選択するよりも、試しに転属するくらいの余裕があった方がいいのかもしれない。それにこの仲良し同期四人組の関係も崩したくない。そこんとこもう一度よく考えてみるよ」
なんだか暗い話をしてしまった分、俺の飲酒ぺースは加速、もっと楽しい会話にシフトしようと努めた。すると少し無理をしすぎたのか、いつの間にか夜桜をゆっくり堪能する余裕がないくらいに酔っ払ってしまっていた。
見かねたヒトミが、おもむろに俺の目の前に顔を近づけて、
「おいっ!コウちゃん、目の焦点があやしくなってるよ!気持ちはわかるけど飲み過ぎー!!もうそんなに一つの会社にしがみつくこともないんじゃない?カズヤの言うこともよくわかるけど、きっと自分に合った会社があると思うんだ。ただーし!会社が別々になってもこの同期花見会にはこれまで通り参加することー!」
ドストレートなヒトミの言葉が、俺のキャッチャーミットに寸分の狂いもなくバシッと収まるような感覚があって、一瞬酔いが冷めたような気がした。
「なんかまるで、会社のことよりもこの花見会の方が大事みたいだな…」
俺がボソッとそう呟くと、みんながドッと笑って俺の肩をポンポンと叩くのだった。
「まあそうだな、コウちゃんの決めた選択を俺は最大限尊重するよ!」
半ば引き止めぎみだったカズヤもそう言ってくれて、俺はいよいよ転職に踏み切ろうと心を決めることができそうだった。
来年の春はきっと、三人とは別の会社に所属していることだろう。それはきっと相応の寂しさを伴うに違いない。それでも同期の絆は変わらない。この花見会が続く限り、四人の絆はこの桜の木に同期され、更新され続けることだろう。
『同期桜よ、来春も俺たち四人を見届けてくれよな』
心の中でそうつぶきやきながら、仲良し同期四人組をスマホカメラに収めると、三年目の花見はお開きとなった。その写真の背景は花びらをふんだんに散らせながら俺たちを見届ける満開の同期桜だ。
俺はその写真をお守り代わりにスマホの壁紙に設定した。この春、転職活動に本腰を入れるために。
【完】
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