大樹の冒険

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◆4 収穫作戦◆ ――――――― ふたりは小走りで玄関を出ると、家の西側をぐるりとまわって、裏の木戸(きど)をあけた。 なかはうす暗く、すこしほこりっぽい。 そこは、アンナの家に三つある倉庫のうちのひとつで、おもに外作業をするための道具がはいっている。 「収穫用のナイフでしょ。カゴは、これでいいかしら?」 自分の身長よりも大きなカゴを背おったアンナに、「ちょっとまって」と、ニックが声をかけた。 「いつもみたいに、実をこまかく切って運んでいたら、日が暮れちゃうよ」 大樹の実は、大人が数人がかりでなければ持ちあげられないほど大きい。 そのため、ふだんは実を手ごろな大きさにカットして、すこしずつカゴに背おい、枝道(えだみち)をなんども往復しなければならないのだ。 しかし嵐がせまっているいま、のんびりと時間をかけてはいられない。 「じゃあ、どうするの?」 アンナがたずねると、たちまちニックの瞳に光がやどった。 「ぼくにひとつ、いい考えがある!」    *     *     * 「ニックー、これでいいー?」 アンナは、大きなクヌギの木へのぼり、下からこちらを見あげる弟へむかって、声をはりあげた。 「もうちょっと、ぎゅっとしばって! そうそう、そんな感じ!」 ニックの指示にしたがって、じょうぶなツタのロープを、力いっぱい枝へむすびつける。 ピンッ、とはられたロープが、木と木の高い位置で一直線につながった。 「よし、じゃあ次はあそこの木へのぼって!」 「おっけー、まかせて!」 アンナはかろやかな身のこなしで、枝から枝へと飛びうつり、ロープをつぎつぎと巻きつけていく。 ニックはときおり、手もとの紙をながめては、周囲の木々と見くらべた。 紙には、大きくのびのびとした文字で『東の枝の地図』と書かれている。 これは、アンナとニックがふたりでつくった、冒険の地図だ。 大きな木やきれいな花、おいしい果実や鳥の巣の場所などが、ことこまかく描きこまれている。 いまはまだ、ふたりの家から風見台(かざみだい)へとつづく枝道(えだみち)しか記されていない。 しかしいつの日か、大樹のすべての場所を探検して、ふたりだけの地図を描く。 それがアンナとニックの夢なのだ。 「ふぅ、あとすこしね」 ツタをむすびあわせたロープは、家の前にたつコナラの木を出発点として、終着点の風見台(かざみだい)まで、あとひといきのところへきていた。 「アンナー、次はあっちだよ!」 「わかったわ!」 枝からたれさがるツタをつかんで、アンナはふりこのように空中へ飛びだした。 くるり、と一回転して、となりの木へと着地する。 まるでリスのような芸当も、彼女にかかれば、そうむずかしいことではない。 頭のいいニックと、運動が得意なアンナ。 なんともちぐはぐなふたごだが、ふたりの息はピッタリだ。 そしてついに、長くのびたロープの端が、風見台をささえる東の枝へとたどりついた。 ざぁっ、と風が走り、視界がひらける。 どこまでもひろがる青空が、アンナたちの視界に飛びこんできた。 早朝の薄明(うすあ)かりの下でながめる景色よりも、ひときわくっきりと輝く大海原(おおうなばら)は、すいこまれそうなほど深い群青(ぐんじょう)(いろ)にきらめいている。 アンナは、胸いっぱいに、大きく息をすいこんだ。 潮風(しおかぜ)にのって、甘くみずみずしい果実の香りが、ふたりを歓迎するようにただよっている。 あたりには、まぶしいほど赤く染まったポムの実が、いたるところですずなりになっていた。 その大きさといったら! 今年はとくに豊作で、アンナたちの身長よりも巨大な実が、いくつもあった。 アンナはにんまりと笑って、意気ようようと弟をふりかえった。 「さーて、ニック。次はなにをすればいい?」 「ちょっとまって」 そういうと、ニックはリュックサックに手をつっこんで、がさごそとなかをあさった。 デコボコといびつにふくらんだリュックサックには、ニックお手製の秘密道具が、ぎっしりとつめこまれている。 「これだ!」 とり出したのは、がんじょうな(あみ)。 それを風見台(かざみだい)にひろげると、ニックは得意げな表情でいった。 「ポムの実をこれでつつむんだ!」 ふたりは、たくさんある実のなかから、いちばん大きくて熟した実をひとつ選ぶと、網の上にのせ、すっぽりとおおった。 網の四隅(よすみ)には、かぎ状のフックがついており、ニックはそれを大きな滑車(かっしゃ)へつなげた。 そこまで見たところで、ようやくアンナもピンときた。 「まさか、ここまで引っぱってきたロープで、ポムの実を丸ごと運ぶつもり?」 「ご名答!」 そんなこと、本当にできるのだろうか。 「ほら、アンナもつかまって。出発するよ!」 「う、うん!」 ふたりは、家までつづく長いロープに滑車(かっしゃ)を設置すると、網でつつんだ巨大なポムの実に、両側からしがみついた。 「「せーのっ!」」 タイミングよく枝をけり、滑車をロープの軌道(きどう)へのせる。 とたんに、いきおいよく車輪がまわりだした。 ロープは、進行方向へむかってゆるやかなくだりになっており、車輪がまわるたびに、どんどん速度をましていく。 風が耳もとを駆けぬけ、周囲の景色が、ものすごい速さでうしろへと流れていく。 「すごいっ、すごいわ!」 アンナは、歓声とも悲鳴ともつかない声をあげた。 「ニック、あなたって天才ね!」 これなら、あっというまに家までたどりつけるだろう。 しかし、そう喜んだのもつかのま、アンナはふと、ささいな違和感をおぼえた。 そういえば、ゴンドラのルートは一本の長いロープではなく、いくつもの短いロープをむすんでつなげたものではなかったか……。 つまり、このまま進んでいくと――。 その瞬間、少女はハッとした。 まっすぐはられたロープのさき、その進行方向に、大きなクヌギの木がたちふさがっている。 「ニック! このままじゃぶつかるわ!」 「…………」 「ねぇ、きこえないの!? はやくとまらなきゃっ!」 さけびながら、アンナは嫌な予感をおぼえた。 「……アンナ、落ちついて聞いて」 「いいから、はやくいいなさい!」 ニックはもごもごと、消えいるような声で白状した。 「ブレーキのこと、考えてなかった……」 木にぶつかるまで、のこり三秒。 「ニックのうっかりものぉおー!」 どーん、とけたたましい騒音とともに、ふたりは宙へ放りだされた。 頭からハギのしげみへつっこみ、目をまわすアンナ。 しばし放心状態で横たわる少女のまわりを、小鳥たちが迷惑そうに飛びまわっている。 「……ニック、だいじょうぶ?」 「な、なんとか……」 となりでは、同じようにニックがひっくりかえって、ぼうぜんと晴れわたった空をあおいでいた。 その横顔は、こころなしか落ちこんでいる。 「……ごめん、ぼくの考えが甘かったよ」 作戦が失敗したことを、気にやんでいるようだった。 アンナはいきおいよく体をおこすと、ニックの腕をつかんで、ハギのしげみから助けおこした。 「元気だして! はじめての挑戦に、失敗はつきものよ!」 「……そういうものかな?」 「そういうものよ!」 アンナはからりと笑うと、服についた葉っぱをはらって、いさましく腕まくりをした。 「まだ時間はあるわ。絶対に成功させて、おばあちゃんをびっくりさせましょう!」 アンナの前むきな言葉に、ニックはしばらくあっけにとられた様子だったが、やがて(まゆ)をたらして苦笑した。 「……かなわないなぁ、アンナには」 「なあに?」 「いいや、おかげで新しいアイデアを思いついたよ」
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