大樹の冒険

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◆3 どんぐりパンの朝ごはん◆ ――――――――――――― 今朝の食卓は、どんぐりの粉でつくったパンに、キノコとタマネギのスープ、ふわふわのスクランブルエッグと、春みかんを砂糖で煮つめたママレードティーだ。 アンナは大きな丸太のテーブルについて、こげ茶色のパンをむんずとつかんだ。 大樹の枝はその巨大さゆえに、樹上(じゅじょう)であらゆる植物を芽ぶかせ、四季おりおりのめぐみをあたえてくれる。 春は、あまずっぱいイチゴに、香ばしいキノコ、フキやワラビなどのほろにがい野草。 そしてこれからの季節は、夏のみずみずしい果実が、かぐわしい香りとともに、枝がしなるほどたわわに実る。 一年でもっともいそがしい時季だ。 アンナは、パンに野イチゴのジャムをたっぷりとつけた。 そのままいきおいよくかぶりつけば、こんがりと焼けた皮はざっくりと香ばしく、中はふっくらとした生地に、あまずっぱいジャムがしみこんで、口いっぱいにジュワリと幸せの味がひろがる。 どんぐりパンには、やっぱり野イチゴのジャムにかぎる。 たちまち、からっぽだったおなかの底から、じんわりと元気がわいてきた。 おばあちゃんのいうことは正しかったのだ。 ほんのちょっぴり(くや)しい気持ちになりながらも、アンナはほっぺたをリスのようにふくらませて、つぎつぎと朝ごはんをほおばった。 そのとなりでは、ニックが、パンにハチミツをぬっている。 ふたごといえども、食べ物の(この)みはだいぶちがう。 ニックは大のハチミツ好きだ。 こりしょう(・・・・・)な弟は、食べるだけでなく、家のちかくの枝のいたるところに、お手製の巣箱をおいている。 彼いわく、場所によって、ミツバチが集めてくる花のミツがちがうらしいのだ。 「どんぐりパンには、やっぱりレンゲのハチミツにかぎるね」 「……そう」 アンナには正直、どれも同じ味にしか思えない。 しかし、のどまで出かかった本音は、キノコのスープといっしょに飲みこんだ。 もしここでポロッと皮肉でももらそうものなら、たちまち長くてこむずかしい『ハチミツ講座』がはじまってしまう。 ニックときたら、ことあるごとに、本で読んだばかりの知識をアンナにもひろうしたがる。 しかしこういう時の彼の話は、まるで呪文のように意味不明で、アンナには半分も理解できない。 こればっかりは、たとえふたごでも、永遠にわかりあえる日はこないのだろう。 しかしながら、ふたりのいちばん好きな食べ物――〝大樹(たいじゅ)()のケーキ〟だけは、昔からいっしょだ。 大樹は、初夏になるとその枝にとても大きな実をつける。 ポコロ族は、この実を〝ポムの実〟とよんでいる。 アンナとニックは、この実でつくるお菓子が大好きなのだ。 果肉(かにく)をつつんだパイや、かわいらしいクッキー、甘くてトロッとした果汁のジュース。ぐつぐつと煮つめてジャムにして、パンケーキやスコーンにのせるのもたまらない。 ポコロ族にとって、ポムの実の収穫は、まちにまった一大イベントだ。 毎年この季節になると、中央の村では盛大なお祭りがひらかれ、はなやかな屋台にポムの実の料理やお酒が山もりになる。 そのなかでも、とくにおいしくて人気なのが、アンナのおばあちゃんがつくるパウンドケーキだ。 おばあちゃんは料理の名人で、ときおりジャムや保存食を多めにつくっては、村の市場におろしている。 最近は足がきかなくなってきたので、おばあちゃんのかわりにアンナとニックが届けにいくのだが、市場におばあちゃんのお菓子がならぶやいなや、すぐにお客さんがやってきて、あっというまに売り切れてしまう。 その光景を目にするたびに、アンナはとても(ほこ)らしく、胸がふくらむような気持ちになるのだ。 そんなおばあちゃんのケーキを、誰にもじゃまされることなく、おなかいっぱい食べられるのは、かわいい孫だけの特権だ。 今年もそろそろ、大きくそだった実がほんのりと赤く色づき、甘い香りがただよいはじめている。 ぼちぼち収穫してもよいころだろう。 そこまで考えて、アンナは「あれ?」と首をひねった。 なにか、大事なことを忘れているような……。 「あぁああーッ!」 とつぜん、大声をはりあげたアンナに、おばあちゃんとニックの体が飛びあがった。 しかしそんなことを気にしている場合ではない。 アンナはバンッと、力いっぱいテーブルをたたくと、いきおいよくたちあがった。 「たいへん! 嵐でポムの実が落ちちゃうわ!」 「あっ!」 ニックもハッと息をのみ、ふたりは同時に窓の外を見た。 家の近くになっている実は、まだほとんどが青くかたい。おそらくは、強い風が吹いても、もちこたえてくれるだろう。 問題は、風見台(かざみだい)のところだった。 あそこは日あたりがよく、実もすっかり(じゅく)しきっている。 へたをすると、今夜の嵐で、すべて落ちてダメになってしまうかもしれないのだ。 「ああ、そんなぁ……」 アンナはがっくりとうなだれた。 この一年、アンナは毎日笛を吹きにかよいながら、風見台(かざみだい)の実がすこしずつ大きくなる様子を、まだかまだかと見守ってきた。 というのも、まぶしい朝日をたっぷりとあびた風見台のところの実は、他の場所のどんな実よりも甘く、大きい。 おばあちゃんがつくってくれるケーキだって、あそこの実をつかったものが、一番おいしくできるのだ。 それなのに、いざ収穫できるという時になって、みすみす嵐なんかにうばわれてしまうとは……。 しょんぼりと肩を落とすアンナの姿に、おばあちゃんは「あらあら」と、ほほえましげに目もとをゆるめた。 「だったら、採っていらっしゃいな」 「「……え?」」 アンナとニックは顔を見あわせた。 「嵐がくるまで、まだ時間があるわ。すぐにいって戻ってくれば、だいじょうぶよ」 たしかに、いますぐ家を出れば、昼には作業を終えることができるだろう。 「やりたいことは、迷わずやっておしまいなさい」 そういって、おばあちゃんはふたりの背なかをやさしくおした。 「……ありがとう、おばあちゃん」 「そうと決まったら、善は急げよ!」 ごちそうさま、と両手をあわせると、ふたりはたちあがって、突風のようにキッチンを飛びだした。 「とびっきり大きな実を採ってくるからね!」 「いってきまーす!」 またたくまにちいさくなるうしろ姿へ、おばあちゃんはにこにこと、手をふりかえしてくれたのだった。
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