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「このクジは楽園へのクジだ」
俺は他の3人に向けて言った。廃墟と化したビルの一室。俺たちは円になって座っている。誰も彼もがうんざりした表情をしていた。それもそのはず。ここ数ヶ月、口にしているのは味気ない無味無臭の携帯食料のみ。例の戦争が終わってからというもの、まともな食事を取れていないのだ。だが、目の奥は死んでいない。希望にすがる猟犬のような輝きが俺たちの瞳にはあった。
「改めて言うが」
部屋の隅に置かれたヘルメットに目をやる。何本ものチューブが取り付けられ、その先はすぐ隣の仰々しい装置につながっている。それはこの部屋でひときわ存在感を放っていた。
「ドリームメーカーを独占できるのはこの中の1人だ」
「俺のせいじゃないぞ」
トムが口を挟んだ。
「あれは多分、そういう仕様だったんだ。回数の制限なのか時間の制限なのかわからないけど、ただ、俺のせいじゃない」
「もちろんそうだ」
軽やかに俺は答える。だが実際は違う。原因はこいつだ。ドリームメーカーの設定を適当にいじり、そのせいでたった1人のIDにしか反応しないようにしてしまった諸悪の根源。
ドリームメーカー。望んだ夢を好きなだけ見ることができる夢のような夢の装置。その中で、俺たちは自らの好物を好きなだけ食べた。4人で割って1日6時間。その時間だけがこの荒廃した世界に残された安寧だったのだ。だが、それもほんの二日前までのこと。全てはこの大男が台無しにした。
「あなたのせいじゃないわ」
リンダも言う。もちろん彼女も本心じゃない。この大男は怒りっぽい。一度暴れたら手がつけられないのだ。
「本当か? 嘘じゃないだろうな」
さらに困ったことに猜疑心の塊でもある。
「本当だとも。ジャックはどうだ? トムのせいなんて思ってないだろ?」
「も、もちろんだよ!」
ジャックがすぐさま頷いた。小柄で愚か者のジャック。こいつは、俺に言われたらなんでも肯定する。
「な? トム、誰もお前を責めちゃいない」
「それなら良い」
トムが納得したところで俺は話を進める。
「じゃあ本題だ。見てくれ。リンダの手には4本のクジがある。今から、それを一本ずつ引くんだ」
リンダが握ったままの左手を掲げる。そこから4本の白い、布の切れ端が飛び出していた。
「当たりは一つ。端に赤の印がついている」
「わ、わかった」
「恨みっこなしだ。自分が当たりじゃなかったからと言って暴力に訴えるのはNG。良いな?」
「そんな奴はいない」
トムが肩をすくめる。そしてリンダの元へと足を進めた。
「俺から引くぞ」
「あ、そうだ」
クジへと伸びたトムの手が止まる。
「すぐ結果を見るなよ。全員が引き終わったら一斉に提示しよう」
「その方が面白いってか」
トムは鼻を鳴らしながらも、俺の提案に従う。リンダからクジを1本引くと、自分にも周りにその結果が見えないよう、布の下半分を手で覆った。
「じゃ、じゃあ次は僕が」
ジャックがクジを引く。トムと同じく、大事そうにクジを両手で覆い隠した。
「ルーカス」
リンダが俺の名を呼ぶ。次は俺だ。公平を期すため、クジを作った彼女は最後に引く決まりになっていた。
「よし」
俺はリンダの前にたち、残り2本となった白の布切れをじっとみた。
「もし当たればずっとドリームメーカーを使うことができる。つまり、夢の世界へ移住するってことだ」
「最高ね」
「食べたいものを好きなだけ食べられる。携帯食料とはおさらば」
「ええ」
「まあ、たまに取れるイチジクはそこそこ美味かったけど。な?」
「ルーカス、早くとったら?」
「そう思うだろリンダ。あのイチジク、悪くなかった」
「ええ、そうね」
「真っ赤な果汁が印象的だった」
「なんですって?」
「真っ赤な果汁だよ」
一瞬リンダの目が泳いだ。やっぱり。
「あの濃い果汁を染み込ませたら、さぞ赤く色づくと思うんだ」
「どうかしら」
「間違いない。昨晩ジャックと試したんだ」
「ルーカス、なにが言いたいの?」
「わかってるだろ」
俺はリンダの青の瞳を見つめ返す。リンダの手、おそらく左の薬指や小指あたりにイチジクの果汁が塗られている。自分以外の三人がクジを引いた後、残った一つに果汁を染み込ませ、当たりを捏造するつもりだったのだ。
「おい、なにブツブツやっているんだ!」
トムが苛立ったような声を出す。
「いや悩んでるんだ」
そう、まさに今リンダは悩んでいるはずだ。彼女に与えられた選択肢は二つ。まずは予定通り、自分が当たりを引くパターン。だがその場合、俺がリンダのイカサマを暴いてしまう。さすればトムは怒り狂い、下手したらあの巨漢に殺されるだろう。もう一つは、俺が引こうとしているクジを赤く染め、当たりを俺に譲るパターン。そうなれば当然、俺はイカサマのことなんか話題にしない。
「さっさとしろよ」
トムが近づいてくる。
「待ってくれ。俺たちの人生を左右するクジだ、そうだろ?」
「怪しいな」
トムの右眉が吊り上がる。
「イカサマでもしているんじゃないか」
「イカサマ? トム、さすがにそれは――」
途端、トムがリンダの手を掴んだ。
「開いてみろ!」
「よせよトム、くじ引きの最中だ!」
「やり直しだ。リンダ、手を開け」
「トム痛いわ!」
「手を開けば痛くなくなる!」
「あっ!」
リンダの小さな悲鳴が響き、そして彼女の左手は開かれた。そこには……。
「外れかよ」
白のクジが2本、握られていただけだ。
「ん、待てよ?」
トムの声が弾む。
「ということはアレか。俺かジャックってことだな!」
「トム。お前さっきやり直しって言っただろ」
「イカサマだったらって話だ。イカサマじゃないなら続行。そりゃそうだろ」
「それは勝手だ」
「勝手なものか。なにがあっても恨みっこなし。ルーカス、お前が言ったんだぞ?」
その言葉に俺は黙り込む。
「よしジャック。せーので手を開くぞ」
浮かれているトム。対照的にリンダの顔には焦りが浮かんでいた。当然だ。彼女は当たりを偽造しなかった。つまり、ここにあるクジは全て真っ白。それが判明した後の言い訳を考えているのだ。
「せーのっ!」
しばしの静寂があった。まず、トムが「は?」と呟き、ジャックが「やった……」と漏らす。その声を聞いてリンダが顔を上げ、二人の手の中に注目する。
「なんで……」
リンダの驚きはもっともだ。ジャックの手の中には赤色のクジがあったのだから。
「やった、やった! 僕が当たりた!」
「ふざけんなよ! ジャックだと? お前が!? あ、もうちくしょう!」
トムが地団駄を踏む。
「諦めろよトム」
噴火しそうなほど顔を真っ赤にしたトムを俺は宥める。
「続行って言ったのはお前だ。それに俺の言葉を使って『恨みっこなし』だとも。ここでやっぱ無しは無しだぜ?」
「わかってるよ」
苦虫を潰したような顔でトムは言う。
「ジャック、おめでとう」
俺はジャックに向けて拍手をする。不満げなトムも、そしていまだ釈然としない表情のリンダも拍手で続いた。
「ありがとうみんな。でも……実は僕、辞退しようと思うんだ。それで」
ジャックが俺を見る。
「ルーカス、君にこの権利を譲りたい」
「え?」
「僕がここまで生き延びれたのは君のおかげだ。どん臭い僕を君はどんな時も見捨てなかった。どうだろう。友情の証として、ドリームメーカーを使う権利を受け取ってくれないか」
「でも」
「頼むよ。これは僕からのお願いだ」
「……お前がそこまで言うなら」
「ありがとう!」
ジャックが手を差し出す。俺は、喜びながらも戸惑っている、といった表情でその手を握り返した。すると、俺の手に冷たい液体が触れた。さきほど、トムが俺とリンダに詰め寄っていた時、その裏でこっそりジャックが当たりクジを偽造するために使った果汁である。
「あ、待てよ、ジャック、俺たち二人で決めて良いのか。みんなの了承も得ないと」
俺はトムを見る。
「良いんじゃねえの」
額をぽりぽりと掻きながらトムは言う。すでに興味は薄れているようだ。
「元々はジャックの権利だ。ジャックがどう使おうがジャックの勝手だ」
この大男、とにかく猜疑心が強い。ここまでしないと偽造の当たりを徹底的に疑っていただろう。
「リンダは? どうだ?」
「ええ、そうね。私も良いわ」
平気で仲間の裏切る女、リンダ。今回のような後ろめたさがなければ、この姑息な女はあれこれと難癖をつけて妨害してきたに違いない。
「じゃあルーカス」
そして愚かな小男、ジャック。俺の台本通りにここまで演じてくれた思考停止のジャック。君は最高の友達だ。
真っ赤なテーブルクロスの上に大きな丸焼きの七面鳥があった。黄金色に焼き上げられた皮は、カリッと香ばしそうだ。その脇には、ローズマリーを添えた子羊のロースト。柔らかそうな肉は、ナイフを入れるとホロリと崩れそうだ。奥には蒸気を上げる巨大なロブスターがどっしりと構えている。真っ赤な殻を割れば白身の肉がプリプリと弾けた。その隣には、貝殻に盛られたオイスターロックフェラー。ほうれん草とベーコンで味付けされた牡蠣のトロみったら言葉にできない。それだけじゃない。艶やかな色合いの野菜たちも目を引く。グリルされたアスパラガス、バターの香りが漂うベイビーキャロット、ニンニクとバターが添えられた蒸しじゃがいも。あぁ、なんて幸せなんだろう。
俺は手を伸ばした。まずは七面鳥に思いっきりかぶり付いてやる。動物みたいに我を忘れてしゃぶりつくすんだ。その刹那――。
薄汚い鉄の天井が目に映った。ここは……先ほどの廃墟だ。どうやらドリームメーカーが切れてしまったらしい。珍しいことではない。古い型だからたまにこんなこともあるのだ。そんな時は装置の……。
「え」
体がロープで拘束されている。なんだこれは。しかもここ、いつものゴワゴワしたベッドじゃない。俺が寝ているのはテーブル台の上だ。その時、遠くからキンキンとした音が聞こえる。あれは、金属と金属が擦り合う音だ。
「さあ、準備ができた」
おそらくジャックであろう声が聞こえた。おそらく、としたのには理由がある。声は間違いなくジャックだ。だが、その言い方が俺の知っているあいつとはまるで違っている。妙にウキウキし、自信に溢れているのだ。声がどんどん近づいてくる。こっちへ来ているらしい。なんだか俺は無性に恐ろしくなった。目を覚ましていることに気づかれたらもっと良くないことが起きそうで、とっさに俺は眠っているふりをする。
「しかしうまくいったな」
「ええ」
足音と共にトムとリンダの声も聞こえた。どうやら3人が俺の周りを取り囲んでいるらしい。
「ルーカス」
リンダが俺の名を読んだ。
「あなたは姑息な男。平気で仲間を裏切る。一緒にいるのは危険が多いわ」
「そしてとにかく疑り深い。だからここまで策を弄した」
「その上で君は愚かだ。僕たちのことを見下し、自分が嵌められるわけ無いと考えている」
キンキンと音がする。そうか、わかった。これは包丁と包丁が擦れる音だ。こいつら、まさか俺を! 誰かが俺に顔を近づけた。直感する、間違いないジャックだ。ジャックが俺の顔を覗き込んでいる。やつの鼻息が額に当たった。気持ち悪い、だがそれよりも恐怖が勝っている。怖い、怖い! 鼻息の当たる位置が俺の額からまぶたへと移動した。次にゆっくりと鼻先に。鼻先から口、口から右の頬、そしてだんだんと右耳へとやってくる。ジャックの口が開く音がくちゃり、とやたらと大きく聞こえたと思った次の瞬間。
「起きてるんだろ」
叫び出しそうだった。でもそんなことをしたらいよいよ全てが終わりそうな気がして俺は必死になって目を瞑り続けた。体が震えている。くすくす、とリンダの笑い声が聞こえる。ご馳走だ。トムが舌なめずりをした。
「残念だったね、ルーカス」
ジャックが俺に言った。この後に及んでも俺は目を瞑り続けている。
「あれのクジは地獄へのクジだ」
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